阿部かずよしの日記

1日1日を大切に!

人と人との出会いが嬉しい!!
 
2004/09/20      原点
今日からお彼岸、祖先に線香を・・・。その後、地区の敬老会が開催されお招きを受け、会場へ。区長さんの開会の挨拶後、これまでのご苦労と地域発展のために御尽力をいただいたことと合併を体験している先輩に良き指導をいただきたい祝辞を申し上げた。祝宴では、三味線やかつて反映した小積浜神楽のテープによる音楽が流れると体がリズムをとり踊り始まる。音が流れると居ても立っても居られない様子だ。そう、ここが原点なのだ。大先輩の笑顔に楽しいひとときを過ごすことができた。これまで築いていただいた先祖、大先輩に恥じないまちづくりを進めていきたい、そう強く感じる日だった。
2004/09/19      敬老の日
朝、素晴らしい天気だと思ったら9時を廻ると小雨が降ってきた。途中、渡波で行われていた運動会など大変だなあと思いながら市民会館へ。石巻市敬老会へ出席、明治、大正、昭和、平成と困難な時代を力強く生き今日の日本や地域を作ってきた先輩方に経緯を表し今、進めている新しい合併による市でくりにさらに応援をお願いした市長挨拶に出席された皆さんから拍手をいただいた。出席者はそれにしても大変元気がいい。今後ともこれまでの経験と智恵をご指導願いたい。
2004/09/18      いぬわし祭
恒例の飯野川高校十三浜校いぬわし祭が開催され、娘を送った後、昨日から母と交替していた妻と再交替するため」病院へ行き揃って出席した。和やかでアットホームな文化祭となったことに大変嬉しく思った。弁論大会が終了しステージ発表で娘が歌い私もついPTA代表ということでカラオケで登場さらにバザーと楽しむことができた。全国的に親殺しや子殺しなど多い中、原点である人格の形成や命の大切など再考すべきだ。
2004/09/17      プロ野球スト突入へ!
カキ剥きが今月29日からスタートするのための販売会議が行われた。県下全域が集合し方向が決定した。会議終了後、議会事務局へ一般質問の通告の駆け込みが多く後半の日程も大部きつくなりそうだ。産経教育委員会を聞きながら今度委員会の雰囲気が何となく従来と変わっているような感じがした。プロ野球も選手会と平行線が続き特に新規参入問題等折り合わず、史上初のスト突入と決定した。会見を見ていると選手会長は苦渋しながら自分の言葉で話していたが経営者側は原稿を読んでいる。ファンに誠意が伝わったのは選手側だ。ストは悲しいが経営者がオーナー会議ありきでは実行することは必要なことかもしれない。
2004/09/16      気分転換
連日の請願が継続審議となりへこんでいる中、新聞の社会面は全て子供の虐待や栃木での兄弟を生きたまま川に落とした泣きたくなるような記事でいっぱい。子の殺人や夫を保険金殺人など本当に現実なのと思いながら秋を伝える風が一層冷たく感じる。やっぱりどこかおかしいのでは、厚生労働省の推計では身体・知的障害者が福祉サービスを選び国と自治体が費用を負担する「支援費」制度で在宅サービスの補助金が250億円前後不足するらしい。利用増と制度破綻の恐れが出てきた。夕食時、察したのか検査用でのカキなど初物メニューで気分転換。ライブドアがプロ野球新規参入として宮城県を選択と言う朗報が入ってきた。知事も記者会見し大変な喜びを表したが、経済効果等大である。これからは上昇か?
2004/09/15      願意
環境福祉委員会で午前中は知的障害者通所授産施設サンネットなごみと一般廃棄物最終処分場を現地視察した。サンネットの障害者の工賃が1万円で3万円を目指していることや仕事がないことを訴えられた。本当のノーマライゼーションの道を開かなければならないと強く感じた。午後からは書面審査、活発な意見が交わされ請願審査へ。生活保護制度に関わる国庫補助削減に反対するもので従来4分の3の補助から3分の2削減しようとするもので要するに100万円の生活保護があるとすれば従来75万円が国からくるのが66万円になるというものだ。石巻ではこれが実施されると1億4千万円ほど持ち出しが増える。当然、市当局も県議会議員へ実施しないよう国へ働きかける要望を行っている。委員7名中、委員長を除く6名で、私1人が請願を採択するとし残り5名全員が願意はわかるが継続とすると。昨日の私の紹介議員となった郵政の件と同様な結果となった。書面と願意がわかればあと何が必要だというのだ。真意がわからない・・・。
2004/09/14      ショック
早朝から系統の施設問題の相談を受け、かき浄化処理施設の完成検査を行い議会へ。今日から各委員会付託議案の審議だ。紹介議員として郵政事業経営形態堅持の主旨説明と質疑が行われ委員会を後にした。我が会派と友好会派でスムーズに採択できるよていであったが、議会はまさに生き物で委員会の雰囲気と全員に意見を求めている中で、一転し継続となった。願意で判断いただければ良かったと思っているが・・・残念である。終了後、反省会をし、請願相手には強引に数で押し切らず理解を求めていたら残念な結果になった。12月に仕切直しをしますとお詫びした。その後、米倉後援会の歌碑の件で役員会へ、ショックが少し和らいだ。
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松山城 広島原爆ドーム
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Last updated: 2007/12/11