乞う容赦!!

COLUMN

お母さんの激辛コラム
辛すぎて ○○ ション しないように・・・
とくしまマラソン
 今春 実施された とくしまマラソン が 来春も開催される事が決まった。ランナー にも好評であったらしい。収支決算が 黒字 であった事も 大きな要因だろう。
 
 この結果は 予想の通りである。この ルート は元々 接待の地 なのだ。ボランティア を敢て募る必要はない。遍路に対する如く ランナー に接する事ができる。
 
 二度目となれば 協力金は減るだろうが 広告宣伝費は少なくて済む筈だ。今後 継続出来るか如何かの鍵は コース 自体が持つ魅力 に掛かっている。
 
 単調でつまらない と言う意見もあると聞いた。しかし これは少数である。多くは 吉野川沿いの景色に好意的である。矢張り 吉野川に拘る方が得策 だと思う。
 
 私案を述べよう。スタート は ゆうゆう館 だ。これは ゆうゆう館 には限らない。他に適当な施設があれば それで良い。ただし それは 美馬市内 が望ましい。
 
 美馬市 を スタート した ランナー は 吉野川沿いを東進する。途中に何本も橋があるが 河川敷に降りずに走れる 様に配慮する。ここが 大きなポイント である。
 
 ゴール は 田宮の陸上競技場 でもいいが、出来れば 吉野川河川敷 が望ましい。この マラソン の売りは 自己最高タイム更新コース だ。上りは全く 無い のだから。
 
 これで 西風が吹いたなら完璧 である。最後に苦言を呈 して置こう。第二回大会は 全会一致 で開催が決まったと聞く。古代ユダヤの法 では 全員一致の議決は無効 とされている。
更新日時:
2008/07/24(木)
超小型爪楊枝
 髭が濃い夫は 毎日の髭剃りが欠かせない。普段は ブラウンのシェーバー を利用するが、週に最低ニ度は 剃刀 を使う。矢張り 剃り残 しができて しまうからだ。
 
 シェーバー も同様であるが 剃刀 手入れ次第 である。特に 二枚刃 では 間が詰って しまう。それだけで切れ味は 格段に落ちる。正に 両刃の剣 だ。
 
 剃刀 が駄目になる理由には 刃毀もある。この場合は 手入れ を しても 却って痛い思いをするだけだ。だから 目詰まりなのか 刃毀なのかを 確認する必要がある。
 
 この時 重宝するのが 自作の 超小型爪楊枝 だ。二枚刃 の 間と底を掻き落す。切れ味が戻れば まだまだ使用可能だが、引っ掛かる様であれば 交換の時期なのである。
更新日時:
2008/07/23(水)
伊賀中山ルート
 壬申年 6月 24日 大海人皇子 は 吉野を出て、その日の夜半 隠駅家 に到着 した。現在の 名張 付近である。先を急いでいた 大海人一行 は夜道を進み、翌 25日には タラ野 を経て 柘植山口 に至った。
 
 この時 一行は 伊賀駅家 の手前で 二手に分れたと言う。大海人 を含む一団は 間道を 伊賀中山 へ、残りの一団は 名張 から 上野 へ通 じ 伊賀郡の中心を通る 現在の 名張街道 に向かった。
 
 この 伊賀中山ルート には 諸説ある。定説とされるのが 青山 から 木津川沿いを北上 し 四十九町 付近に至るもの だ。しかし これでは 大迂回とは言い難い。危険な 上野 にも 近過ぎる。
 
 支持が多いのが 更に東側を廻り 敢国神社 に出る ルート だ。難路ではあるが 安全である。物語としても ロマン がある。敢国神社 が何故 伊賀一宮 であるのかも 納得 し易い。
更新日時:
2008/07/22(火)
数珠作り
 子供の頃 よく ジュズダマ数珠 を作ったものである。今でも ジュズダマ は普通に見掛けるが あれ で遊ぶ子供は少ないようだ。 で、今回は 数珠作り の話 である。
 
 正式には 念珠 という。念珠 の珠の数は 煩悩の数から由来 して 百八個 である。だが それでは普段使いには長過ぎる というので、半分の 五十四個 や 四分の一の 二十七個 のものがある。
 
 これは 主珠 の数 である。念珠 には 主珠 の他にも 親珠四天珠 または 二天珠 がある。そして 使う人の手の大きさも 色々である為 、現在では 主珠 の数 に あまり拘ってはいないように見える。
 
 既製の 念珠 は寧ろ デザイン優先 の様だ。これが手作りならば 手に合わせた作品が可能になる。珠の種類も お好みの侭 である。
 
 主珠 は 二十七個 とした。種類は 翡翠 である。親珠二天珠 等は 古い 念珠 から流用 した。この構成で やや小振りの 一輪の念珠 の出来上がりだ。薄い 翡翠色 の グラデーション が美 しい。
更新日時:
2008/07/21(月)
桜葬
 綺麗な桜の下には 死体が埋まっている ・・・
 
 よく お花見 で語られる話 である。坂口安吾 や 梶井基次郎 も確か この手の事 を 書いていたと思う。 に対する 日本人の特別な思いの 表れの一つだろう。
 
 既述であるが かの 西行 も 有名な和歌 を残 している。
 
 願わくば 花の下にて 春死なむ その如月の 望月の頃
 
 結局 多くの人が 桜の木の下で永眠する 事を 望んでいるのかも。つまり 自然への回帰 だ。色々な 樹木葬 があるが、矢張り 花が咲く木 がいいらしい。ヤマツツジ や ウメモドキ 等の 花木 が選ばれるという。
 
 そこでも は 特別な存在 である。これ に 特化 した場合には 桜葬 と呼ばれる。実際に 桜葬墓地 が できているらしい。夫が興味を持ちそうなので 一寸 調べてみた。東京の 町田 であった。
 
 我が家の様な 自然に恵まれ過ぎた環境の近く では、逆に 成立 し難い 埋葬方法 なのだろう。
更新日時:
2008/07/20(日)
水蜘蛛(水の巻)
 水蜘蛛 とは 忍者 が用いた 忍道具 の 1 つ である。川や堀 等の 水面上を渡る際に用いられた。下駄の周囲に 四分割された 輪状の木製浮き を縛り付けた履物 である。
 
 分割されているのは 携帯に便利な様に折畳む 為である。しかし 実際には 浮力が足りず、人間を浮かせるには 不十分だ。そこは 技で補わねばならない
 
 即ち 右足を水面に乗せ、それが沈まない内に 左足を踏み出すのだ。その左足が沈まない内に 右足を前に出す。恰も アキレス に追われる 亀の如く の様 にである。
 
 また 甲賀流 忍術秘伝書 には 忍術道場の修業課程が こう記されている。曰 く 、臨 兵 闘 者 皆 陳 烈 在 水ぐも池 での鍛錬は 最後の に当る。修行の 悼尾を飾る 由緒正 しいモノ なのだ。
 
 だが 実際のそれは プール の様な 泥池 であった。そして 泥水の中に半分沈んでいる 水蜘蛛 は、何と 発泡スチロール製 だったのである。
更新日時:
2008/07/19(土)
水蜘蛛(地の巻)
 甲賀の里 忍術村隠れ里 になっていると言う。とは言え 新たに 第二名神 が通った結果、交通は至便 になった。私達は 外からは見えないという 忍術村 に 看板を頼りに 辿り着いた。
 
 聞きしに優る 自然の村 である。例えば 甲賀忍術博物館。夫は 万川集海 なる資料を 興味深げに見入っていたが、私は足を止めずに 館からの脱出を計った。酸欠に陥った からである。
 
 売店も また同様であった。そこで彼は 完璧な形の ヒシの実 を見付けて 忍々 していたが、私は 瓦斯マスク を捜 していた。からくり 甲賀屋敷 への入場は きっぱりと断った。
 
 そして私達は 問題の地 水ぐもの池 へと 向かったのである。
更新日時:
2008/07/18(金)

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Last updated : 2008/10/16(木)