乞う容赦!!

COLUMN

お母さんの激辛コラム
辛すぎて ○○ ション しないように・・・
犬嫌い
 三鷹瞬 は幼時体験の所為で 犬が死ぬ程に 苦手 であった。しかし 彼は それ を克服せねばならなくなった。そして 終に その特訓を行ったのである。
 
 忍者は跳躍力を養う為に 生長する木の芽を毎日飛び越 し、終には 大木さえ一っ飛びに飛び越えると言う。犬も また同 じ。子犬の頃から徐々に慣れていけば 犬嫌いも解消できると考えた。
 
 彼は たった一匹の犬 の頭を撫でる為に 血の滲む様な苦労をする。そして 特訓の成果が実り 惣一郎さん の頭に触れる事に成功 したのである。
 
 だが 彼の努力も ニブ い 音無さん の前では 全く 無意味で しかなかった。
更新日時:
2008/07/27(日)
裁鋏砥(後編)
 先ず 簡易鋏砥器 を試 してみる。勿論 役に立たない。次に 棒状のセラミック砥器 でやってみた。刃が付いて紙は切れるが 布地には刃が立たない。
 
 終には分解 して 砥石 で軽く砥いでみた。鋭い刃が付いて 指先の肉が吹っ飛んだが 矢張り布地は切れなかった。裁鋏 は 切ると言うより 剪断 するのである。
 
 結局は薬局 である。餅は餅屋 である。世の中には任にならない モノ もある。と言う訳で 裁鋏砥松の手入れ は メニュー から除外される事となった。
更新日時:
2008/07/26(土)
裁鋏砥(前編)
 裁鋏 とは 布地裁断用の鋏 である。私の 裁鋏 は極 普通の モノ だが 柄の輪が修理されている。四本指の方が破損 した為だ。小指側の樹脂の部分が 無くなって しまった。使用不能の状態 である。
 
 それを目敏く見付けた夫が 作業を始めた。得意の 木工細工 である。木片を削って 紛失部分の複製 を作ったのだ。それ を パテ で接着 し 着色 して完成である。意外に頑丈で 実用に耐える出来であった。
 
 裁鋏 の切味は鋭い。布を切るのと 紙を切るのとでは、それこそ 雲泥の差 があるのである。しかし 古い 裁鋏 が修理に持ち込まれた その時、我が家は能天気にも 楽観論に包まれていた。
更新日時:
2008/07/25(金)
とくしまマラソン
 今春 実施された とくしまマラソン が 来春も開催される事が決まった。ランナー にも好評であったらしい。収支決算が 黒字 であった事も 大きな要因だろう。
 
 この結果は 予想の通りである。この ルート は元々 接待の地 なのだ。ボランティア を敢て募る必要はない。遍路に対する如く ランナー に接する事ができる。
 
 二度目となれば 協力金は減るだろうが 広告宣伝費は少なくて済む筈だ。今後 継続出来るか如何かの鍵は コース 自体が持つ魅力 に掛かっている。
 
 単調でつまらない と言う意見もあると聞いた。しかし これは少数である。多くは 吉野川沿いの景色に好意的である。矢張り 吉野川に拘る方が得策 だと思う。
 
 私案を述べよう。スタート は ゆうゆう館 だ。これは ゆうゆう館 には限らない。他に適当な施設があれば それで良い。ただし それは 美馬市内 が望ましい。
 
 美馬市 を スタート した ランナー は 吉野川沿いを東進する。途中に何本も橋があるが 河川敷に降りずに走れる 様に配慮する。ここが 大きなポイント である。
 
 ゴール は 田宮の陸上競技場 でもいいが、出来れば 吉野川河川敷 が望ましい。この マラソン の売りは 自己最高タイム更新コース だ。上りは全く 無い のだから。
 
 これで 西風が吹いたなら完璧 である。最後に苦言を呈 して置こう。第二回大会は 全会一致 で開催が決まったと聞く。古代ユダヤの法 では 全員一致の議決は無効 とされている。
更新日時:
2008/07/24(木)
超小型爪楊枝
 髭が濃い夫は 毎日の髭剃りが欠かせない。普段は ブラウンのシェーバー を利用するが、週に最低ニ度は 剃刀 を使う。矢張り 剃り残 しができて しまうからだ。
 
 シェーバー も同様であるが 剃刀 手入れ次第 である。特に 二枚刃 では 間が詰って しまう。それだけで切れ味は 格段に落ちる。正に 両刃の剣 だ。
 
 剃刀 が駄目になる理由には 刃毀もある。この場合は 手入れ を しても 却って痛い思いをするだけだ。だから 目詰まりなのか 刃毀なのかを 確認する必要がある。
 
 この時 重宝するのが 自作の 超小型爪楊枝 だ。二枚刃 の 間と底を掻き落す。切れ味が戻れば まだまだ使用可能だが、引っ掛かる様であれば 交換の時期なのである。
更新日時:
2008/07/23(水)
伊賀中山ルート
 壬申年 6月 24日 大海人皇子 は 吉野を出て、その日の夜半 隠駅家 に到着 した。現在の 名張 付近である。先を急いでいた 大海人一行 は夜道を進み、翌 25日には タラ野 を経て 柘植山口 に至った。
 
 この時 一行は 伊賀駅家 の手前で 二手に分れたと言う。大海人 を含む一団は 間道を 伊賀中山 へ、残りの一団は 名張 から 上野 へ通 じ 伊賀郡の中心を通る 現在の 名張街道 に向かった。
 
 この 伊賀中山ルート には 諸説ある。定説とされるのが 青山 から 木津川沿いを北上 し 四十九町 付近に至るもの だ。しかし これでは 大迂回とは言い難い。危険な 上野 にも 近過ぎる。
 
 支持が多いのが 更に東側を廻り 敢国神社 に出る ルート だ。難路ではあるが 安全である。物語としても ロマン がある。敢国神社 が何故 伊賀一宮 であるのかも 納得 し易い。
更新日時:
2008/07/22(火)
数珠作り
 子供の頃 よく ジュズダマ数珠 を作ったものである。今でも ジュズダマ は普通に見掛けるが あれ で遊ぶ子供は少ないようだ。 で、今回は 数珠作り の話 である。
 
 正式には 念珠 という。念珠 の珠の数は 煩悩の数から由来 して 百八個 である。だが それでは普段使いには長過ぎる というので、半分の 五十四個 や 四分の一の 二十七個 のものがある。
 
 これは 主珠 の数 である。念珠 には 主珠 の他にも 親珠四天珠 または 二天珠 がある。そして 使う人の手の大きさも 色々である為 、現在では 主珠 の数 に あまり拘ってはいないように見える。
 
 既製の 念珠 は寧ろ デザイン優先 の様だ。これが手作りならば 手に合わせた作品が可能になる。珠の種類も お好みの侭 である。
 
 主珠 は 二十七個 とした。種類は 翡翠 である。親珠二天珠 等は 古い 念珠 から流用 した。この構成で やや小振りの 一輪の念珠 の出来上がりだ。薄い 翡翠色 の グラデーション が美 しい。
更新日時:
2008/07/21(月)

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Last updated : 2008/9/6(土)