(「完璧な文章などといったものは存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね。」僕が大学生のころ、偶然に知り合った作家が僕に向かってそう言った。僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少なくともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。完璧な文章などといったものは存在しない、と。)
村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」が口伝えで俄かに広まったのは私が大学生の頃の話だ。友人に「面白い本を見つけたからお前も読んでみたら」と紹介されて読んだのがこの本だった。そのときの震えるような快感は今尚忘れられない。その小説はそれまで自分の中にあった小説のイメージをそっくり変えてしまうような刺激的な文体だった。
主人公の名前どころか、登場する人物全てにまともな名前がない。僕という一人称で進行する物語。生き方や人生を扱う重く深いテーマをノンシャランとした文体で平易に切り崩していく高度な技術。ユニークな隠喩表現。そして無駄のない要を得た文章。今までにない新しい文体は何かワクワクするような希望のような感情を呼び興しさえした。
ある意味初めて小説に魅了された最初の一冊目だったのかもしれない。今にして思えばと言うと語弊があるけれど、自分の精神年齢と、そのときの感性がその小説内容にピタリと一致したかのようだった。
村上春樹の小説の魅力は何と言っても平易な読みやすさと豊富なメタファー、そしてストーリーテリングの巧みさにある。
例えば、小説の中にどうしようもない意地悪な少女を登場させるとき、他の作家ならどんな風に書くだろうか?
「彼女は底意地の悪い少女で、その性格はまったく性質の悪い両親から授かったものだった。そういう娘に限って皮肉にも美しいものである」とか、表現するだろうか?
村上氏はそんな時、まるで流れる音楽リズムのように無駄のないスリムな表現をとる。
こんな風に・・・「大事に育て上げられ、取り返しがつかなくなるほどスポイルされた美しい少女の常として、人の心を傷つけることが天才的に上手かった」
誰でも書けそうで絶対に書けない、誰もが思いつきそうで絶対に思いつかない言葉をつむぎ糸のように編み出していく。一見平易で誰にでも書けそうでいながら、絶対に誰にも書けない小説というのが村上氏特有の文体と「物語る力」である。
彼がデビューしたとき、多くの評論家達はそれをジャンクと笑ったけれど、若い読者層は小説の底に流れる切ない人生観とそこからくる共感を見逃さなかった。そして作家、吉行淳之介は「この新人の作品は近来の収穫である」と高く評価した。そういう意味ではデビュー当初から極端に好き嫌いの物議をかもした作家であることは間違いない。
村上氏の作品の特徴とは別に、村上氏自信の生き方というのも面白い。彼は大学に7年間も在籍し、その間に同棲、結婚し、ジャズ喫茶を開き、多額の借金と多難な人生経験を積み、小説家としての下地を築いた。そして真夜中のキッチンから細切れの小説らしき文章を叩き出した。その結晶が「風の歌を聴け」である。そう言われてみれば、この小説には一環したストーリー性がなく、ブツブツと細切れな文章の集積であることが分かる。全体としてはとても面白いのだけれど・・・。
小説家は3作目で飛べ!と言われるように、村上氏も3作目の「羊を巡る冒険」で渾身の力を込めて書き上げて飛翔する。そしてその後「ノルウェーの森」が本人の想像を超えて大衆受けしてしまい、近代作家としての地位を否が応でも確立してしまうことになる。 彼が有名になってからというもの(有名になるほどに)評論家達や一部の作家は彼の小説についての非難を週刊誌やその他の雑誌に掲載するようになる。 村上氏はそれでも多くの非難や中傷を横目に、そしてそれに反発するかのように、文壇との付き合いは一切せず、煙草を止め、早朝に起きてマラソンをこなし、午前中にはカッチリと仕事をして、夜は早々に寝るという作家らしからぬ健康スタイルをより一層確立していく。作家は夜更かしで、遊び人で、自殺願望があり、酒と煙草が欠かせないというそれまでの無頼派イメージから遠くかけ離れた生活を徹底する。そして、文壇やマスコミや編集者などの世間の雑音を避けて作家活動に専念するために、一年の殆どを海外で過ごすようになる。傍から見れば正に成功への階段を一足飛びに駆け上がったわけだけれども、にも関わらず彼はこんなようなことを度々言っている。
「僕はたまたま小説が好きで、たまたま作家になったに過ぎない。例え作家にならなくても僕という人間は何も変りはしないし、その性向は何も変りはしない。確かに周囲の人が言うように僕は偏屈で偏狭な人間なのかもしれないけれど、僕は誰かに、(あなた、作家になってくれませんか?)と頼まれて作家になったわけではない。僕は自分の為に、自分という人間を知るために、そして自分の好きな小説を思う存分に書くために作家になったに過ぎない」と・・・。
たぶん・・・と私は思うのだけれど・・・世の中には沢山の作家ではない村上春樹がいて、世間とウマが合わない自分に悩みつつも、反面どこかで自分を肯定しつつ、敢えてどうしようもないナルシストであることを自覚しながら生きているのではないかと思う。不毛に生きる、とはそのようなことかもしれないけれど、それでいいじゃないかと思う。
(「風の歌を聴け」ハートフィールド、再び・・・)から抜粋
何年か後、僕はアメリカに渡った。ハートフィールドの墓を訪ねるだけの短い旅だ。墓の場所は熱心なハートフィールド研究家であるトマス・マックリュア氏が手紙で教えてくれた。「ハイヒールの踵くらいの小さな墓です。見落とさないようにね。」と彼は書いていた。
ニューヨークから巨大な棺桶のようなグレイハウンド・バスに乗りオハイオ州のその小さな町に着いたのは朝の7時であった。僕以外にその町で降りた客は誰ひとりいなかった。町の外れの草原を越えたところに墓地はあった。街よりも広い墓地だ。僕の頭上では何羽もの雲雀がグルグルと円を描きながらフライトソングを唄っていた。
たっぷり一時間かけて僕はハートフィールドの墓を探し出した。周りの草原で摘んだ埃っぽい野ばらを捧げてから墓に向かって手を合わせ、腰を下ろして煙草を吸った。五月の柔らかな日差しの下では、生も死も同じくらい安らかに感じられた。僕は仰向けになって目を閉じ、何時間も雲雀の唄を聴き続けた。この小説はそういうところから始まった。そして何処に辿りついたのかは僕にも分からない。
「宇宙の複雑さに比べれば」とハートフィールドは言っている。「この我々の世界などミミズの脳味噌のようなものだ」そうであってほしい、と僕も願っている。
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