紀行文「白峰の麓」の足跡をたどる

 2004年12月11日、95年前「白峰の麓」に著されたる場所をたどり、写真を撮った。暖かい陽射しの日だった。
各写真タイトルの日付は、「白峰の麓」に基づく明治42年(1909年)の日付である。
「」内は、「白峰の麓」より引用。
ぬたの池(11月11日)
ぬたの池(11月11日)

 大下藤次郎氏は、11月11日午前8時30分、現在の山梨県南巨摩郡早川町の湯島温泉から池の茶屋に向かった。
「池の茶屋に着いたのは一時半であった。
 山陰の窪地に水が溜まっている、不規則な楕円形の、広さは一反歩もあろう、雑木林に囲まれて水の色は青い。湯島のお吉さんはすごい池ですといったが、枯木林の中にあったのでは、一向凄くも怖しくもない。」
 この池は、現在の丸山林道から池の茶屋林道が分岐する場所にある。
 池の茶屋について次のことが記されている。
*主人夫婦と子供(甲州弁でボコ)2人が住んでいる。
*姉娘は6つ程で「よしえ」という。この娘を鉛筆写生した。
*水飴を売っている。
*主人夫婦は冬になると平林に帰る。
*池の傍らなのでひじょうに寒い。
*池から氷が採れる。厚く張る時は2尺を越える。
 

池の茶屋(11月11日)
池の茶屋(11月11日)

 「茶屋に荷物を預けて、ジクジクした水際の枯れ草を踏み、対岸に向かって写生箱を開いた。破れかかった家は、水に臨んでその暗い影を映している、水の中には浮草の葉が漂うている。日は山陰にかくれて、池の面を渉る風は冷たい。半ば水に浸されている足の爪先は、針を刺すように、寒さが全身に伝わる。思わず身ぶるいするとき、早や池の水は岸近くから凍り始めて、池の影はいつか消え失せ、一面磨硝子(すりがらす)のようになる。同時にパレットの上の水が凍って絵具が溶けない。筆の先が固くなる。詮方なしに写生をやめた。
 池の茶屋というのは、この冷たい水のほとりにに建てられるただ一軒の破ら家(あばらや)である。入口の腰障子を開けて入ると、すぐ大きな囲炉裡がある。囲炉裡の中には電信柱ほどもある太い薪木が燻っている。上に吊された漆黒な鉄瓶には、水の一斗も入るであろう。突当たりは棚で、茶碗やら徳利やら乱暴に列(なら)んでいる。左の方は真暗で分からないが、恐らく家族の寝間であろう、ここでも飴を売るかして、小さな曲物が片隅に積んである。」
 池の茶屋は、白い車があるあたりに建てられていたのではないかと思う。当時は、かなり寒かったようだ。茶屋内部の様子が細かく描かれている。

池近くの山(11月12日)
池近くの山(11月12日)

 「寒い朝で、池の氷は二寸も厚さがある。前の山に上ると富士がよく見える。雪は朝日をうけて薄紅に、前岳はポーと霞がこめて、一様に深い深い色をしている。急いで写生する。」
 池の近くの山に上ってみた。
 

丸山林道(11月12日)
丸山林道(11月12日)

 「池の茶屋を出たのは一時過ぎであったろう。これからは平凡な下り道ではあるが、荷が重いので休み休みゆく、道には野菊、蔓竜胆(つるりんどう)など、あまた咲き乱れて美(うるわ)しい。彼方是方に落葉松の林を見る。奈良田のそれに比して色劣れど、筆執らまほしく思わるるところも少なからずあった。池の茶屋より二里あまりにして、四時半頃平林の蛭子屋(えびすや)という宿に着いた。」
 丸山林道には、今もあちこちにカラマツ林が見える(04/11/3撮影)。

下から見上げた平林集落(11月13日)
下から見上げた平林集落(11月13日)

「13日はうす曇であった、富士は朧(おぼ)ろげに見える。平林の村は、西と北に山を負うて、東が展(ひら)けている。村の入口から出口までダラダラの坂で、道に沿うて川があるため、橋の工合、石垣のさま、その上の家の格恰(かっこう)、桶、水車なんどが面白い。下から上を見ると、丘の上に寺があったり、麦畑が続いたり、ところどころ流れが白く滝になって見えたりする。」
 平林の集落。みさき耕舎付近から上を見た。 

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Last updated: 2005/2/27