私の好きな映画やテレビ


10   『 チャップリンの独裁者 』     
更新日時:
2006.08.17 Thu.

独裁者ヒンケルに支配されているトメニア国(ドイツを暗示)。
瓜二(うりふた)つのユダヤ人の床屋(チャップリンの二役)は、
独裁者と間違われ、占領国での演説の舞台に立たされる・・・
「申し訳ない。私は皇帝になりたくない。支配はしたくない。できれば
 援助したい。ユダヤ人も黒人も白人も、人類はお互に助け合う
 べきである。他人の幸福を念願として、お互に憎み合ったりしては
 ならない。世界には全人類を養う富がある。人生は自由で楽しい
 はずであるのに、貪欲(どんよく)が人類を毒し、憎悪をもたらし、
 悲劇と流血を招(まね)いた。スピードも意思を通じさせず、
 機械は貧富の差を作り、知識をえて人類は懐疑的(かいぎてき)に
 なった。思想だけがあって感情がなく、人間性が失われた。知識より
 思いやりが必要である。思いやりがないと、暴力だけが残る。
 航空機とラジオは我々を接近させ、人類の良心に呼びかけて、
 世界をひとつにする力がある。私の声は全世界に伝わり、失意の
 人々にも届いている。これらの人々は、罪なくして苦しんでいる。
 人々よ、失望してはならない。貪欲はやがて姿を消し、恐怖もやがて
 消え去り、独裁者は死に絶える。大衆は再び権力を取り戻し、
 自由は決して失われぬ! 兵士諸君、犠牲(ぎせい)になるな。
 独裁者の奴隷になるな! 彼らは諸君を欺(あざむ)き、犠牲を強
 (し)いて家畜の様に追い回している! 彼らは人間ではない!
 心も頭も機械に等しい! 諸君は機械ではない! 人間だ!
 心に愛を抱(いだ)いている。愛を知らぬ者だけが憎み合うのだ!
 独裁を排(はい)し、自由の為に戦え! “神の王国は人間の中に
 ある” すべての人間の中に! 諸君の中に! 諸君は幸福を生み
 出す力を持っている。人生は美しく自由であり、すばらしいものだ!
 諸君の力を民主主義の為に集結しよう! よき世界の為に戦おう!
 青年に希望を与え、老人に保障を与えよう。独裁者も同じ約束を
 した。だが彼らは約束を守らない! 彼らの野心を満たし、大衆を
 奴隷にした! 戦おう。約束を果たす為に! 世界に自由をもたらし、
 国境を取り除き、貪欲と憎悪を追放しよう! 良識の為に戦おう。
 文化の進歩が全人類を幸福に導くように。兵士諸君、民主主義の
 為に団結しよう!」 (大歓声)
 
イラスト/「ハンナ、聞えるかい。元気をお出し。ご覧、暗い雲が消え
 去った。太陽が輝いてる。明るい光がさし始めた。新しい世界が
 開けてきた。人類は貪欲と憎悪と暴力を克服したのだ。人間の魂は
 翼を与えられていた。やっと飛び始めた。虹の中に飛び始めた。
 希望に輝く未来に向かって。輝かしい未来が、君にも私にもやって
 来る。我々すべてに! ハンナ、元気をお出し!」
 ハンナは、その声の主が総統ではなく床屋だと分かると、にっこりと
 微笑(ほほえ)んだ。                  −THE END−
   〜ビデオ『チャップリンの独裁者』 日本語字幕:清水俊二〜
 
1940年作。アメリカ映画。モノクロ。
喜劇王チャールズ・チャップリンが、リアル・タイムでナチス・ドイツの
狂気とユダヤ人迫害を批判した渾身(こんしん)の傑作。独裁者とは、
アドルフ・ヒトラーのことだ。それにしても、いくらコメディがお家芸
(いえげい)とはいえ、「よくぞここまで茶化(ちゃか)したものだ」と
感心してしまう。撮影中、監督で主役をこなすチャップリンのもとには、
アメリカ国内のドイツ系市民から脅迫状や暗殺予告が連日舞い込み、
本国ドイツからも様々な圧力をかけられたとか。
それだけではない。この映画、最後が演説の形を借りたメッセージに
なっているのです。上にあるのがその全文で、6分間という長いもの。
残念ながら、人類愛を訴えたこのメッセージは為政者(いせいしゃ)
たちには伝わらず、第二次世界大戦でたくさんの尊(とうと)い命が
失(うしな)われたのでした。
 
この映画が製作、発表された1940年、ヨーロッパでは既(すで)に
第二次世界大戦が始まっていた。9月にドイツ、イタリアと
「日独伊三国同盟」を締結(ていけつ)していた日本は、翌年12月、
真珠湾(しんじゅわん。パールハーバーの訳語)を攻撃してアメリカと
戦争状態に入ることになり、当時はこの映画の上映許可が出るはず
もなかった。日本で漸(ようや)く公開されたのは1960年。終戦から
実に15年もたっていたのだが、“60年安保(あんぽ)”という
時代背景も手伝ってか、興行記録を塗(ぬ)りかえる圧倒的な好評で
迎えられたのであった。〜『週刊・20世紀シネマ館』第20号より〜
 
ところで、恋人ハンナを演じたポーレット・ゴダードとチャップリンは、
実生活ではすでに結婚していた。1936年に中国で式を挙げたとき、
ポーレット25歳、チャップリン47歳。彼には3度目の結婚だったが、
6年目に破局(はきょく)を迎えることになる。
チャップリンは、生涯(しょうがい)4回も結婚するのであるが、
4人目の妻ウーナの場合、8人の子宝(こだから)に恵(めぐ)まれ
終世の伴侶(はんりょ)となった。それにしても4度目の結婚の時、
チャップリン54歳、ウーナ18歳で、36歳も年が離れていたとか。
「ほんと、羨(うらや)ましいのだ」     (コラム製作’05.4/7)
 
11   『 ウルトラセブン 』         
更新日時:
2006.08.17 Thu.

間延(まの)びした、それでいて不気味なガッツ星人の声。
「セブンは、身長50mの巨人にも、豆粒程にも小さくなれる。
 セブンは、ジャンプする事はもちろん、空を飛び回る事も可能だ。
 これが、セブンのウルトラビームだ。
 その熱線は、あらゆる金属を貫(つらぬ)き通すだろう。
 セブンの透視力。普通の物質ならば、簡単に見通してしまうのだ。
 アイスラッガー。エメリウム光線と共にセブンの万能武器の1つだ。
 セブンの活動限界を示すビームランプだ。
 あれが点滅し始めたら、セブンは活動不可能になる。
 我々のねらうセブンは、実はウルトラ警備隊のダン隊員なのだ」
「だったら、ダンを倒してしまえば簡単ではないか」
「否(いや)、セブンを倒さなくては、我々の目的は成功しない。
 セブンを倒せば、人類は忽(たちま)ち降伏するに違いないからだ」
「我々はアロンを使って、セブンの能力を分析(ぶんせき)した。
 これを元(もと)にして戦えば必ず勝てる」
「そうだ。セブンを倒す暗殺計画は完了した」
「これから、地球の引力圏(いんりょくけん)へ入る・・・・・・」
 
イラスト/ガッツ星人との対決では、あらゆるセブンの必殺技が披露
(ひろう)される。光学撮影がふんだんに使われ、たいへん贅沢(ぜい
たく)なシーンになっています。セブン独特の必殺技アイスラッガーは、
着脱可能な鶏冠(とさか)をブーメランのように使い、敵を切り裂く
というもの。ただ、投げてる時の頭は、ちょっとお間抜(まぬ)け。 
〜第39話「セブン暗殺計画(前編)」                     脚本:藤川桂介、監督:飯島敏宏、特殊技術:高野宏一  より〜
 
さて、視聴率が40%に迫(せま)る勢いの『ウルトラマン』であったが、
遂(つい)に制作が放送に追いつかなくなり、やむなく終了。
半年間の準備期間をおいて、構想を新たに登場したのが
『ウルトラセブン』であった。1967年10月1日から翌年9月8日まで、全49話の放映。『ウルトラQ』で人間対怪獣を、『ウルトラマン』で超人対怪獣を描いた円谷プロは、本作品で広く宇宙に目を向け、超人対宇宙人の戦いを描いている。
 
地球は、幾多の星の宇宙人に狙(ねら)われていた。
人類は地球防衛軍を結成。極東支部・日本では、300名の隊員と
6名のエリート(精鋭)・ウルトラ警備隊が監視(かんし)の目を光らせ
ていた。警備隊の新入隊員モロボシ・ダン。彼こそは、危機に
晒(さら)される地球を守る、光の国の勇者ウルトラセブンなのだ。
セブンとは「ウルトラ警備隊7番目の隊員」という意味だ。
 
壮大なスケールと、ハイレベルのSFドラマの本作なのですが、
「ベトナム戦争」の時代背景が作品にも影響を及(およ)ぼしたのか、
全体に重くて暗い作品が多いのです。当時の私は小学2年から
3年生でしたから、セブンが格好(かっこう)いいのが分かるだけで、
物語の中身については珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)でした。
それでも、大人になった今、こうしてビデオやDVDで改(あらた)めて
観る事が出来るのは、全(まった)く嬉(うれ)しいかぎりです。
 
ところで、全49話と言っても、現在ビデオやDVDで観られるのは
48話だけ。第12話は欠番になっています。もちろん、作品は存在
(そんざい)しますし、本放送もされているのです。
それでは、何故(なぜ)欠番になったのか? 答えの前に、先(ま)ず
第12話「遊星より愛をこめて」について、触(ふ)れておきます。
 
あらすじ/遠い遙(はる)かな星で核実験が繰り返され、
住民はすべて重い原爆症に犯(おか)される。その住民を救うため、
地球人の美しい血液をもとめてスペル星人がやって来る・・・・・・。
脚本:佐々木守、監督:実相寺昭雄、特殊技術:大木淳 
本放送/1967年12月17日
 
さて、問題の事件は、その3年後に端(たん)を発(はっ)しています。
3年後、東京都内の女子中学生が、弟の持っていた雑誌の付録
(ふろく)に、スペル星人のカードを見つける。目と口しかない顔、
体中にケロイド状の傷。「ひばく星人」と書いてあった。
「この『ひばく』って、原爆の被爆以外に考えられないよね」。
女生徒は、都原爆被害者団体協議会専門委員だった父にたずねた。
「被爆者を怪獣扱(あつか)いするなんて」。
父が出版社に送った抗議(こうぎ)の手紙が新聞で報道され、
広島や長崎の被爆者団体も立ち上がった。
「ひばく星人」という字幕やセリフは番組では使われていない。
だが、雑誌や怪獣図鑑から次々と「被爆」の文字が見つかり、
抗議と釈明(しゃくめい)、謝罪(しゃざい)が繰り返された。
そんな中、番組をつくった円谷プロダクションは70年10月、
12話を封印(ふういん)した。
〜2001年8月3日付け、
       朝日新聞の連載「幻紀行 2001年夏」第4回より〜
 
上記は、近年、新聞で取り上げられたものだが、
更(さら)に佐々木守さんは自筆の本の中でこう書き括(くく)っている。
それにしても放送作品が、放送を見てもいない人物によって批判
(ひはん)され、騒(さわ)ぎ立てられ、あげくが二度と陽(ひ)の目を
見ることができなくなったとは、まことに奇怪な現象である。
    〜2003年・岩波書店発行『戦後ヒーローの肖像』より〜
 
「ひばく星人」と言う肩書(かた・が)き、あるいは別名称は、
恐(おそ)らく出版社の方で勝手に付けたものなのでしょうが、
この心無いネーミングひとつのために、折角(せっかく)の作品が
半永久的に公開されないだろうという事は、誠に残念でなりません。
                          (コラム製作’05.1/18)
 
12   『 ウルトラマン 』              
更新日時:
2006.10.02 Mon.

東京で開かれる国際平和会議。その会議に出席する各国の代表者を
載せた船や飛行機に、次々と謎の事故が起きる。
棲星(せいせい)怪獣ジャミラの仕業(しわざ)だ。ジャミラは某国
(ぼうこく)の宇宙飛行士だったが、事故で宇宙を漂流し、水も空気も
ない惑星に漂着する。過酷な環境にその姿を変えながら、ジャミラは
自分を見捨て、その事実をひた隠しにする人々に復讐(ふくしゅう)
するため、鬼となり怪獣となって生き延びる。そして、遭難(そうなん)
した宇宙船を改造して、地球に帰って来たのだ。しかし、・・・・・・。
 
イラスト/ウルトラマンのウルトラ水流を浴(あ)び、泥の中でもがき苦
しむジャミラ。やがて、赤ん坊の泣き声のような断末魔(だんまつま)
の悲鳴を残し、息絶(いき・た)える。
 
落日?、丘の上に作られた大きな土饅頭(どまんじゅう)のまわりに、
科学特捜隊(以下、科特隊と略)員たちが集まっている。
キャップ「ジャミラ、許(ゆる)してくれ。・・・・・・だけど、いいだろう。
こうして地球の土になれるんだから。お前のふるさと、地球の土だよ」
 
晴天(せいてん)、新しいポールに翻(ひるがえ)る万国旗。
その日、国際平和会議は盛大に幕を開いた。そして、科特隊の
手によって立てられた墓碑銘(ぼひめい)は、こう読めた。
<人類の夢と科学の発展のために死んだ戦士の魂、ここに眠る>
やがて、墓碑を離(はな)れる科特隊員たち。何も知らず会場入りする
各国代表者たち。しかし、イデ隊員だけは立ち去らない。
イデ「犠牲者は、いつもこうだ。文句だけは美しいけれど・・・・・・」
ひとり呟(つぶや)くイデ隊員の表情は、逆光のため読みとれない。
イデ」、「イデ」、「イデ」・・・。遠くから、口々に呼びかける隊員たち。
イデ隊員には、その声に混じって、ジャミラの最後の泣き声が
聞こえたような気がした。
                     〜第23話「故郷は地球」より〜
 
『ウルトラマン』は、1966年7月10日から翌年4月9日まで、
『ウルトラQ』の後番組として放送されました。全39話。
円谷プロ製作による空想特撮シリーズ第2弾は、当時としては最新の
カラー作品。とは言え、私の家はまだカラーテレビが買えなかったので
白黒で見てましたが。因(ちな)みに、7月10日は第1話が間に合わ
ない事から、杉並公会堂で行(おこな)われた『ウルトラマン誕生』の
公開録画を、「前夜祭」として放送しています。今で言うところのキャラ
クターショーなのですが、ハプニング続きで余(あま)り上手(うま)く
いかなかったようです。この「前夜祭」は、ビデオには収録されて
いますが、DVDの方には入っていないようです。
13  
更新日時:
2006.08.20 Sun.
凶悪怪獣ベムラーを追って地球に
やって来たウルトラマンは、
誤(あやま)って科特隊の
ハヤタ隊員が操縦する
小型ビートルと接触(せっしょく)、
彼を死なせてしまう。
責任を感じたウルトラマンは、
彼と一心同体となり、ベムラーを
倒した後も、この星に留(とど)まる
事を決意する(第1話
『ウルトラ作戦第一号』より)。
ウルトラマンは、身長40m、体重
3万5000t 、マッハ5のスピードで
空まで飛べちゃう巨人ヒーローで、
地球の平和を守るため、
怪獣や悪い異星人と戦うのだ。
僕たちチビッコは、モヒカン頭で
玉子形の目をしたこの宇宙人が、
一遍(いっぺん)に好きになって
しまった。
 
イラスト上/ウルトラマンの必殺技
スペシウム光線。当時、小学1年
だった私は、何度もなんども十字
を作って気合いを入れるのですが、なーん(何)にも出ません出した。
イラスト下/手にしたベーターカプセルからフラッシュビームが
放たれると、ハヤタ隊員はウルトラマンに変身するのだ。
 
冒頭(ぼうとう)に紹介した「故郷は地球」のお話は、ウルトラ・シリーズ
屈指(くっし)の名作です。脚本・佐々木守、監督・実相寺昭雄。
このコンビによる『ウルトラマン』のお話は、他に4本あります
(「地上破壊工作」は、実のところ監督自身が書いたもの)。
元(もと)が落書きなだけに昼寝ばかりしているガヴァドン、真珠を
食べるガマクジラ、亡霊(ぼうれい)だけど生きている !? シーボーズ
といったユニークな怪獣たちが登場しています。
 
佐々木守さんはその後、TVドラマ『お荷物小荷物』、『おくさまは18
歳』(1970)、アニメ『アルプスの少女ハイジ』(1974)などの脚本、
『男どアホウ甲子園』(1970〜’75)のマンガ原作(どうやら甲子園
が大阪にあると思って書いていたらしいのを、画を描く水島新司さん
が誤魔化していたらしいのだけれど)など多くの作品を書いています。
全体として、コミカルでユニークな作品が多い。「ジャミラ」や「ハイジ」のようなシリアスものでも名作が描ける佐々木守さんですが、
やはりコミカルものが彼の真骨頂(しんこっちょう)かもしれません。
そこで、もう一話、「空の贈り物」(第34話)を紹介しますが、
日頃(ひごろ)沈着冷静なムラマツ・キャップやハヤタ隊員が
ずっこけるのには、当時チビッコの私は正直戸惑いました。
 
ある日突然、空から怪獣スカイドンが降(ふ)って来る。こいつ、やたら
重くて頑丈(がんじょう)なやつで、さすがのウルトラマンも手を焼き、
退散してしまう程なのだ。そこで今回は、科特隊があの手この手で、
宇宙へたたき出そうと悪戦苦闘(あくせんくとう)。漸(ようや)くにして、
スカイドンを風船化して空の彼方へ飛ばすことに成功する。
一件落着と思ったのも束の間、何も知らない航空自衛隊の戦闘機が
この風船怪獣を撃ち落としたという通報が入ってくる。すぐさま、変身
したウルトラマンが、落下してくるスカイドンに体当たりの正面衝突で
粉砕させ、これで本当に、目出度しめでたしになるのだ。
 
確かにこれで、本編は終わりになるのですが、実は製作スタッフが
とんでもないミスを犯しているのです。問題のシーンは、戦闘機が
スカイドンを撃ち落とした通報が入ってきたところから始まる。
作戦司令室にいて、この知らせを聞いた科特隊員たちは、みんなで
カレーライスを食べていた。慌(あわ)てて飛びだし屋上に上がり、
ウルトラマンに変身しようとするハヤタ隊員。しかし、突き上げられた
右手に握られていたのは、ベーターカプセルではなくカレーライスの
スプーンだった。ヒーローのずっこけシーンなんだけど、実はハヤタ
隊員役の黒部進さんは、この前のシーンできちんとスプーンをカレー
ライスの皿に戻して出てきているのだ。そう! 辻褄(つじつま)の
合わない、完全なるNG(no good)。しかも、製作スタッフの誰も気が
付かなかったのか、撮り直す時間が無かったのか、これがそのまま
使われているのである。          
 
PS(追伸)、昨日、買ったばかりの本を拾い読みして、その答えが
見つかりました。小学館発行『ウルトラマン創世記』 桜井浩子(科特隊
のフジ・アキコ役)著 がそれで、それによると実相寺監督は、シーンと
してつながらないのを分かっていながら、その場の思いつきで強引に
スプーンで変身のポーズをさせたというのです。実はこの監督さん、
美空ひばりの「のどちんこ」を撮って(「歯並び」を撮ろうとして映って
しまったらしいのだが)、仕事を2年も干(ほ)された経歴の持ち主で、
本当にとんでもない人なのだ。
因(ちな)みに、前回『ウルトラQ』で疑問だった「あけてくれ」と
『金八先生』の作者は、やっぱり同一人物でした。
                        (コラム製作’04.9/19)
 
14   『 ウルトラ Q 』
更新日時:
2006.08.20 Sun.
お金を貯める事だけが生き甲斐
(がい)という少年・加根田金男は、
ある日、子供たちの交換バザーで、
振るとコインの音がする不思議な繭
(まゆ)を手に入れる。
その夜、巨大化した繭の中に吸い
込まれた金男は、朝になると金の
亡者(もうじゃ)・怪獣カネゴンに
変身していた。お金を食べなければ
死んでしまうカネゴン。
友人アキラたちは、なんとか金男を
元の姿に戻るよう努力するが、
万策尽(ばんさく・つ)き、
お金も尽きようとしていた。
 
再び、造成地の土管(どかん)置き
場に集まり、相談する子供たち。
 
C「これ以上は無理だよな。
  人間にはみんな、我慢(がまん)の限界てのがあるし」
B「俺、来月の小遣(こづか)い、前借りしちゃったんだ」
A「神さまもインチキだし。仕方ないな。いよいよ決心するか」
D「じゃあ、やっぱし」
C「いくら位で売れるかな? 2000円かな? 3000円かな?」
A とD「3000円 !?」
E「サーカスに売るんだろ !?」
C「うん。どこだって買うよ。珍(めずら)しい動物だもん」
D「でも、友だちだぜ」
E「昔はな」
B「だったらよ。
  大学の研究所はどうだろう。科学の進歩にも役立つしさ」
A「解剖(かいぼう)されちゃうんだぞ」
土管の中にいて、ここまでの会話を聞いていたカネゴンは、
 「冗談(じょうだん)じゃねーよ」と、抜き足差し足で逃げ出した。
C「ちょっと、可哀相(かわいそう)だよな」
E「じゃあさー。保健所の野良犬係! 電話すれば、すぐ来るよ」
A「皮を剥(は)がされて、靴(くつ)にされるんだ」
D「やっぱしダメか。何か良い方法ねえかな」
A「餌代(えさだい)を稼(かせ)げばいいんだろ。
  つまりさァ、カネゴンの見世物をやればいいんだ」
D「そうだ。芸を仕込んでさ」
C「そうだな」
A「よし、連れてこい!」 B「ハッ」
リーダー・A の命令に従(したが)い、土管の中を覗(のぞ)く B。
B「あっ、居(い)ない !? 逃げたぞ」
B は戻って来て、リーダー・A に敬礼(けいれい)、
 「逃げちゃった!」 と報告(ほうこく)した。
A「えっ !? 追いかけろ!」
                  〜第15話「カネゴンの繭」より〜
 
『ウルトラQ』は、1966年1月2日から7月3日まで。TBS系で、
毎週日曜夜7時から30分の番組で放映されました。モノクロ。
円谷プロ初のテレビ作品であると共に、本邦初の本格怪獣作品。
「そうです。ここは、全てのバランスが崩れた恐るべき世界なのです。
これから30分、あなたの眼はあなたの身体を離れて、この不思議な
時間の中に入っていくのです」 当時、大学生だった石坂浩二さんの
ナレーションが示すとおり、初めアメリカTV映画『ミステリー・ゾーン』
(原題『トワイライト・ゾーン』)の日本版として制作されていたのが、
局側の強い要望で、次第に怪獣路線へと変更されていくのです。
しかし、その結果、怪奇、SF、ファンタジー、そして怪獣といった
バラエティ豊かな珠玉(しゅぎょく)のアンソロジー作品となりました。
アンソロジーとは、一定の基準で編纂された文芸作品集の事。
ところで、全28話ながら、この時放送されたのは27回。
最後の第28話「あけてくれ!」は、内容が難解なためとの理由で、
翌年の再放送(毎週木曜日午後6:00〜6:30)で12月14日に放送されています。この作品を書いた小山内美江子さんは、
『金八先生』の脚本家と同姓同名なんだけど、ご本人なのかしらん?
 
上記「カネゴンの繭」を書いた山田正弘さんは、このシリーズでは他に
5作品の脚本を書いています。この人、余程(よほど)好きなのか、
第5話「ペギラが来た!」以外、みんな子供が主人公になっています。
中でも、中川 晴之助さんが監督したこの作品と「鳥を見た」「育てよ!
カメ」の3つは、私の大好きなメルヘン作品です。メルヘンと言っても、
そこに描かれているのは、当時の子供たち。あんまり賢(かしこ)そう
なのはいないみたいだけど、みんな生き生きとして遊んでるなぁ。
実をいうと、他の25作品は、金城哲夫さんをメインのライターとして
描くところの怪奇やSFの世界。それだけに、これを『ウルトラQ』の
代表作として良いものか !? おまけにこれ、レギュラーの万城目、
一平、ユリちゃんの誰ひとり出てこない、唯一の作品なのです。
しかしながら、このカネゴンというチビッコ怪獣の誕生をきっかけに、
『快獣ブースカ』(1966年11月9日〜翌年9月27日)という番組が
作られるのです。『ブースカ!ブースカ !!』(1999年10月2日〜翌年
6月24日)は、そのリメイク。
さて、果(は)たして金男は、元の人間の姿に戻れるのでしょうか?
皆さん、この結末は、ビデオやDVDでご覧になって下さい。
それにしても、アキラ君がインチキ呼ばわりしていた祈祷師(きとうし)
のオバさん、結果から言うと、「ほんまもん」という事になっちゃうなぁ。
 
イラスト/父曰(いわ)く 「頭は金入れ、体は火星人、目はお金の
  方へ向いてピョコッと2本とび出し、口は財布のジッパーなら、
  体は銅貨の銅みたいに赤びかりした怪物で、ゴジラみたいな
  シッポにはギザまでついている」    (コラム製作’04.7/6)
 
15   『 砂の器 』
更新日時:
2004.05.03 Mon.
→「知ってたつもり?」に記載(きさい)。
 
16   『 星空のむこうの国 』
更新日時:
2007.04.23 Mon.
パラレル・ワールドは、平行世界。
或(ある)いは、多元宇宙とも言う。
つまり、私たちが今いる世界の他に、
同じ様な世界が無数に存在し、過去から
未来へ時間が流れている、という事。
 
坂口理沙は、恋人の森昭雄を待っていた。
2人は約束したのだ。
「今度来る流星群を一緒に見に行こう」と。
そして、それは今夜(11月11日)だった。
 
しかし、元々(もともと)無理な話なのだ。
彼女は、体の中で新しい血を作り出せない
難病で、病院を離れて外を出歩く事は、
自殺行為(じさつこうい)に他ならない。
その上、当(とう)の森昭雄は、2週間前
トラックに撥(は)ねられて死んでいるのだ。
理沙は、この事実を知らされても、信じる事が出来なかった。
 
「恋人に逢(あ)いたい」。理沙の一途な思いが奇跡を生んだ。
何と、死んだ筈(はず)の昭雄が、理沙の前に現れたのだ。
何の疑いも持たずに、彼との再会を喜ぶ理沙に対し、彼の死を知る
友人、知人の間では、「昭雄の幽霊が出た」と、大騒ぎになった。
ただ1人、昭雄の友人の尾崎だけは、違(ちが)う見方をしていた。
SF 好きの尾崎は、パラレル・ワールドの事も知っていた。
昭雄が体験したこれまでの経緯(いきさつ)を聞いて、こう推理する。
「理沙の強い思念(しねん)が、時空を超(こ)え、
星空の彼方(かなた)から別の世界の昭雄を呼び寄せた」のだと。
尾崎の説明を聞いて、昭雄は恋人だった昭雄に成りきり、
彼女の願いを適(かな)えてやろうと決心する。
尾崎は迷(まよ)った。秘(ひそ)かに思いを寄せていた彼女に、
危険な事をさせたくはないのだ。しかし結局は、昭雄が理沙を
病院から連(つ)れ出す事に、力を貸すのだった。
 
その夜、2人は灯台の見える海岸に行き、満天の星の中から
零(こぼ)れ落ちて来るような流星の競演(きょうえん)を、
飽(あ)きることなく見つめるのだった。
しかし、翌朝、理沙は昭雄に看取(みと)られながら死んでしまう。
彼をこの世界に呼び寄せた理沙の思念も無くなると、昭雄の身体は
霞(かすみ)のように掻(か)き消え、元(もと)の世界に帰っていった。
 
ただ、時間は少し逆もどりして、トラックに撥ねられるところから
やり直しになった。前回、奇跡的にかすり傷ひとつ負(お)わず
助かったのに対し、今回は頭でも打ったようだ。その所為(せい)か、
どうなのか? 昭雄には、前回助かってから理沙の死を看取るまでの
記憶が、全(まった)く残っていなかった。昭雄は、病院のベットで目を
覚(さ)まし、自分の頭に包帯が巻かれているのに気が付いた。
 
昭雄は、通路のソファーに座って雑誌を読んでいた。
「星がお好きなんですか? 
 今度来るシリウス流星群の事、ご存知(ぞんじ)ですか?」
自分と同(おな)い年位の女子高生が、話し掛けてきた。
「今、その記事読んでたんですよ」
「私も星大好きなんです」
「えっと。あの。君は?」
「あ、ごめんなさい。あたし坂口理沙(さかぐち・りさ)って言います。
 今日は弟のお見舞で・・・」
「僕は・・・」 そう言いかけた時、
診察室の中から、彼を呼ぶ看護婦の声が聞こえてきた。
「森さん! 森昭雄(もり・あきお)さん!」
「今のが、ぼくの名前」
「昭雄くん・・・いい名前ね」
「あの・・・ここで待っててくれますか?」
「大丈夫、ちゃんと待ってます。ここで」
昭雄は診察室のドアまで歩いた所で、もう一度、振り返った。
理沙が微笑(ほほえ)み、昭雄も微笑んだ。
秋の日射しに優しく包み込まれた彼女の姿を眼に焼き付けつけると、
昭雄はゆっくりとドアを閉めて中に入っていった。
どうやら、この世界の2人は、幸せになれそうです。
 
1986年1月2日公開。製作/文芸坐、パラレル・ワールド。
監督/小中和哉。脚本/小林弘利。音楽/木住野佳子、村井俊夫。
「少年ドラマシリーズ the movie 」のサブタイトルが付くそうです。
私は特に、エンディングのダイアローグ(対話)のシーンと、
その後(うし)ろでも流れていたテーマ曲が好きです。
小中さんの原案を、小林さんが本にしたもの(集英社文庫コバルト
シリーズの同名小説)が原作になっているのですが、映画では
昭雄の名字(みょうじ)が「井上」から「森」に変えられているのです。
「井上家」の墓が無かったのか、それとも撮影許可が貰(もら)え
なかったのでしょうか?
 
イラスト/坂口理沙を演(えん)じたのは、『キネマの天地』で松竹の
   新人女優としてデビューする前の有森也実さん。
                          (コラム製作’04.4/15)
 
17   『 木枯し紋次郎 』
更新日時:
2006.08.20 Sun.

「泣きボクロの女は、幸せにはなれない」
いつも自分に、そう言い聞かせていたお糸だったが・・・。
 
お紺(こん)は錦絵(にしきえ)を、紋次郎(もんじろう)のほうへ広げて
見せた。紋次郎の口元から木枯(こがら)しの音が流れ、銜(くわ)えて
いた楊枝(ようじ)が吹き矢のように飛んだ。楊枝は錦絵のお糸の
泣きボクロを射抜(いぬ)き、そこにはただの穴が残った。
「ハッ! 泣きボクロが消えた!」 お紺が叫んだ。
それは、紋次郎がお糸にしてやれる、せめてもの供養(くよう)だった。
「御免(ごめん)なすって」 それだけ言うと、紋次郎は歩き出した。
お紺は、お糸の亡骸(なきがら)に呟(つぶや)いた。
「お糸さん、あたしもしくじっちまったよ。
 道中の間、あたしも紋次郎さんにくっついて、何処(どこ)か遠くに 
 行ってしまうきっかけを、ずっと探してたんだけどねえ。
 所詮(しょせん)女は、一(ひと)つ場所を動けないもんなんかねえ」
 
やがて、紋次郎の歩く姿は夕闇の中に消えていった。
木枯し紋次郎。上州新田郡(じょうしゅうにったごおり)三日月村の、
貧しい農家に生まれたという。十歳の時に故郷を捨て、その後一家は
離散(りさん)したと伝えられる。天涯孤独な紋次郎が、どういう経路
(けいろ)で、無宿渡世の世界に入ったかは、定(さだ)かでない。
〜「錦絵は十五夜に泣いた」 完〜 脚本:大野靖子、演出:森川時久
木枯し紋次郎:中村敦夫、お紺:小山明子、お糸:光川環世
ナレーター:芥川隆行(あくたがわたかゆき)
 
TV 時代劇『市川崑(いちかわ・こん)劇場・木枯し紋次郎』は、
1972年1月1日から5月までの第1シリーズと、
同年11月18日から1973年3月31日までの第2シリーズが、
フジテレビ系(土)夜10時30分からの1時間番組で放送された。
原作は、笹沢佐保(ささざわ・さほ)が1971年3月から「小説現代」に
連載を開始した股旅(またたび)小説『木枯し紋次郎』。
紋次郎は人間不信の孤独のヒーロー。推理小説的どんでん返しは
あるものの、全体に暗い作品だった。しかしながら、この作品に
惚れ込み新しい時代劇を作ろうとした、監督・監修(かんしゅう)の
市川崑の熱意が通じたのだろう。視聴率は30%を突破、
紋次郎のセリフ「あっしには関わりのない事でござんす」は流行語と
なり、紋次郎の架空(かくう)の故郷「三日月村」が造られ、
紋次郎グッズ、紋次郎饅頭(まんじゅう)までが売りだされるといった
一大ブームとなった。
 
成功の要因(よういん)は、2(ふた)つあると思う。
一つはオープニング主題歌「だれかが風の中で」。 作詩したのは、
脚本家であり市川崑夫人でもあった、今は亡き和田夏十さん。
この前向きな歌を、上条恒彦(かみじょう・つねひこ)さんが堂々と
歌い上げる事によって、作品のイメージが少しは明るくなったと思う。
もう一つは、紋次郎のトレードマークとなる銜えた楊枝の使い方。
市川崑は、原作の五寸(約15センチ)より更(さら)に長くして、
「感情を持たないかのような紋次郎が、ラストに垣間(かいま)見せる
人間らしさ」を表現するためだけに使い、決(けっ)してこれを武器には
使わなかった。この「こだわり」がなかったら、私たちも素直に、
彼を正義の味方とは認めてはいなかったろう。
実際、「無縁仏(むえんぼとけ)に明日をみた」の原作では、この楊枝
を吹き矢のように連射して、五人の攻撃を攪乱(かくらん)している。
 
私にとって紋次郎は、永久(とわ)のヒーロー。
当時、中学1年生の私が憧(あこが)れ、その後の私の人生に
大きな影響を与えたキャラクターだと思っています。
ところで、冒頭に紹介したお話の中で、
「旅人さんに、ホクロはありますか」と、お糸が紋次郎に話しかける
場面がある。原作の紋次郎の顔にホクロが無いのに対し、
演じた敦夫さんには口元にホクロがある。「一生、食いっぱぐれがない
(食べる事には困らない)」という、貧農の家に生まれた紋次郎には、
有り難(がた)いホクロ。当然そこは、アレンジ(脚色)してあります。
 
尚、現在このTV化の原作を収めた初期シリーズが、光文社文庫から
発売されています。ただ、残念な事に、作者の笹沢佐保さんは、
2002年10月にお亡くなりになっています。享年(きょうねん)71歳。
 
イラスト/人との関わりを避け、道連れを作りたがらない紋次郎だが、
  今回の旅は珍しく両手に花。      (コラム製作’04.2/15)
 
18   『 泣きたい夜もある 』
更新日時:
2006.08.20 Sun.
渡辺彰一(しょういち)にとって、
それは初めての一人旅だった。
きっかけは、春に亡くなった祖母
の遺品のなかで見つけた一通の
手紙。それは、「死んだ」と聞か
されていた父からの物だった。
母は、彼が3歳の時、父と別れ
母子で長野県・岡谷に帰って
きたのだ。
「遠くから見るだけでいい。
どうしても確かめたかったのだ、
自分に父がいたという事を。
今、それをしなければ、僕はこれ
以上先には進めない気がする。
そうこれは、
僕の新しい出発の旅だ」
高校生活最後の夏休みの朝、
高速バスに乗った彼は、父のいる東京へ向かった。
もちろん、母には内緒(ないしょ)だ。
 
父の名は、佐々木彰(あきら)。個人で小さな自動車整備工場を経営
しているという。がらんとした工場のなかに、父の姿を探す彰一。
その父は、整備中の車の下から、いきなり現れた。
「遅いじゃないか!」 どうやら今日から来ることになっていた、
アルバイトの学生と間違えているようだ。彰一は成り済ます事にした。
 
 「ミヤザワ君だったよなぁ」「えっ!?」「下の名前は?」「 ああ・・・」
 「ミヤザワ、何て言うんだ?」「ミヤザワ・・・ケンジです!」
 「えっ(宮沢賢治)!?」「あ、同じ名前なんです」
 「へ〜。あ、そう。えーと、じゃあケンジでいいな。ケンジって呼ぶか」
 「はい」「じゃあなぁ・・・」「あの、佐々木さんですよね」
 「何言ってんだ、親父(おやじ)でいいよ。親父さんとでも呼んでくれ」
 「・・・おやじ」「何だよ」「いえ・・・」
図(はか)らずも、親子で仕事をすることになったものの、
整備経験や免許も持たない彰一だった。
「まったく役に立たねえの雇(やと)っちゃったな。」そう言いながらも、
根気よく仕事を教え、お昼を持ってこなかった彼に弁当を
分けてやる父。がみがみ言っても、面倒見(めんどうみ)はいいのだ。
 
互(たが)いの身の上話をしながら(もちろん彰一の方は、全部が
本当じゃないけど)仕事を続けているところに、電話がかかってきた。
それは、今日からアルバイトに来るはずだった、本物の「ミヤザワ」君
からだった。電話に出た父は、仕事に夢中の彰一の目を盗んで、
彼のリュック・サックの中から、岡谷へ帰る高速バスの乗車券を
見つける。「息子だったのか!」 しかし、父もまた、知らないふりを
する事に。それでも、彼に対する態度は厳(きび)しくなった。
 「どうすんだ?卒業したら。大学行くのか?それとも就職か?」
 「迷ってるんです。どうして大学に行かなくちゃならないのか。
  もし行ったとしても、いったい何したらいいのか。
  それに、母を一人残して、家出ること出来ないだろうし。」
 「甘いな。そんな事も決められないのか。場所がどこであれ、自分の
  好きな事やるのが人間一番だ。それがケンジにとって幸せだし、
  お袋さんにとっても幸せなんじゃねえか !?」
 
仕事が一段落(いちだんらく)すると、父は自宅前の空き地に彰一を
誘(さそ)い、キャッチ・ボールを始める。途中、いろいろな思いが胸に
込(こ)み上げ涙を堪(こら)える父は、なかなか投げられない。
やっと返球したら、大暴投になった。そのボールを拾(ひろ)った
女の子は、彰一に返さず、父に駆(か)け寄り手渡すではないか。
 「娘だ。それから、あそこが俺の家だ」
さり気(げ)なく、自分の今の暮らしぶりを見せる父だった。
 
やがて、別れの時が来た。
 「あのう、明日は・・・」
 「明日は、もういいぞ。さっきの、正式に従業員になりたいって奴の
  電話だったんだ」
そう言うと父は、今日一日の「バイト料」が入った茶封筒を手渡す。
 「ケンジ君、大学頑張(がんば)れよ。お袋さん、大事にな」
 「はい」
                  
動き出したバスの中で、茶封筒を開ける彰一。中には、5000円札と
一緒に、「渡辺彰一」様と書かれた明細が入っていた。リュックの
中には、いつの間に入れたのか、グローブまでが。填(は)めてみる。
その時、「しょういちー!」と自分を呼ぶ声が。
バスが潜(くぐ)ろうとする歩道橋に、グローブを填めた父がいた。
父は、バスの中の彰一に、見えない何かを投げた。
彰一は、それをしっかりと胸のところで受け止める。
それは、これから旅立つ息子への、父からのエール(声援)だった。 
             〜第16話「出発(たびだち)」
               脚本:久松真一、演出:長谷川康夫より〜
 
JTドラマBOX『泣きたい夜もある』は、1993年4月から9月まで、
TBS系で日曜夜11時から30分で、23話が放送されました。
製作は東宝芸能と毎日放送。スポンサーはだから日本たばこ産業。
ちょっと変わったTVドラマで、一話完結の二人芝居(しばい)。
恋人や夫婦、父子(おやこ)、兄妹(きょうだい)、上司と部下など。
いろいろあったけど、何故か女性どうしというのはありませんでした。当時人気の俳優やタレントが起用され、大変贅沢(ぜいたく)な作
(つく)りになっています。木村拓哉、筧(かけい)利夫、横山めぐみ、
それに亡くなった川谷拓三さん等も出演していました。
上記の作品では、彰一役にTOKIOの松岡昌宏。初々(ういうい)しい
ねぇ。父親役に蟹江敬三さんが演じていました。
尚(なお)、エンディング主題歌は伊勢正三さんの『ほんの短い夏』。
 
イラスト/父「こいつとは、キャッチ・ボール出来ないからな」
                         (コラム製作’04.1/1)
 

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