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「愛は決して滅び去るはない。預言の賜ならば、廃れもしよう。不思議な言葉ならば、やみもしよう。知識ならば、無用となりもしよう。
われわれが知るのは一部分、また、預言するのも一部分であるゆえに、完全なものが到来するときは、部分的なものは廃れ去る。」
(Tコリント13:8〜10)
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「われわれは、幼い子どもであったとき、幼い子どものように語り、幼い子どものように考え、幼い子どものように思いを巡らした。だが、一人前の者になったとき、幼い子どものことはやめにした。われわれが今、見ているものは、ぼんやりと鏡に映ってのもの。『その時』に見るものは、顔と顔を合わせてのもの。わたしが今、知っているのは一部分。『その時』には、自分がすでに完全に知られているように、わたしは完全に知るようになる。だから、引き続き残るのは、信仰、希望、愛、この三つ。このうち最も優れているものは、愛。」
(Tコリント13:11〜13)
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札幌時計台 |
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30年ぶりに行った札幌、19歳の頃住んでいた様子とはずいぶん違っていた。ビルの高層化が進み視界が狭くなったせいか、大通公園は狭く、テレビ塔も小さく感じた。でも、時計台の佇まいだけは変わっていなかった。ビルの谷間にぽつりと明治時代の雰囲気を醸し出してる。
家族みんなで札幌を訪れることができたのは、一生の思い出になるだろう。
2008年8月7日(木)
Canon G9
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春の八甲田 |
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ツーリングに行った先の萱野茶屋高原からの八甲田全景。
山桜が満開に咲き、裾野を桜色に染めていた。
高原一面に広がる芝は、まだ芽吹く前だったが、6月には緑一色の絨毯が敷き詰められたようになる。
Canon G9
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ねぶた海上運行と花火大会 |
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青森ねぶた祭りの最後を飾る「海上運行と花火大会」。
毎年8月7日に行われるねぶた祭りをしめくくる行事である。夜の暗闇の海には勇壮厳美なねぶたが浮かび、空にはな色彩艶美な花火がはじけ散る。祭りの後の寂寞と、青森の夏の余韻を感じさせる風景でもある。
(写真は合成)
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青森ねぶた祭り |
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青森の夏の夜を彩る火祭り、「ねぶた」。武者人形が色とりどりの色彩に光り出で迫ってくるその姿は、まさに勇壮そのもの。
ねぶた囃子の笛と太鼓の音は、青森っ子の心を揺さぶり騒がせ、短い夏をこの祭りで跳ね踊り、謳歌する。
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灯籠流し |
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毎年、近所の成田山で行われる灯籠流し…。物心ついた頃から親しんできた堤川で行われる馴染みの夏の風物詩。
僕の記憶の中に認められている原風景の一つだ。
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優心の勇姿 |
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2007年6月17日(日)青森市中体連」剣道大会にて。
中学校生活最後の剣道大会となった中体連剣道大会個人戦3回戦での勇姿。
3年間よく頑張ったな!格好良かったぞ !! 優心。
「感動をありがとう。」父さんも母さんも嬉しかった。
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夜の甲田橋 |
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家のすぐ近くを流れる堤川にかかる「甲田橋」。足かけ4年という長い月日をかけてようやく開通。私の記憶の中の3番目となる「甲田橋」だ。日中は何の変哲もない橋だけれど、夜の「甲田橋」は、どことなく見る者が癒されるような表情をもっていて気に入っている。
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遠野市常堅寺河童淵にて |
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岩手県遠野市常堅寺河童淵にかかる橋の欄干に、末の息子の優仁が買ったぬいぐるみを置いての撮影となりました。
偶然にも、なかなか面白い写真に仕上がったと思うのですが…。
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宮城県気仙沼港のカモメ |
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気仙沼から大島に渡る気仙沼汽船フェリー。人の手からお菓子をいただく技は、それはそれは見事なものでした。
でも、熟練が必要なようで、手から直接取れるのは親鳥だけで、幼鳥にはまだできない技術のようでした。
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シロスジコガネ |
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2006年8月7日 宮城県気仙沼大島にて見つける。
シロスジコガネの雄、触角が長く大きいのが見て取れる。図鑑ではみたことはあるが、本物には生まれて初めてのご対面であった。
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