『カトリック学校における学校マネジメント』
はじめに
『学校(スクール)マネジメント』という言葉が言われるようになってからまだ間もないというべきか、久しいというべきか…。それは、おそらく『学校経営』という言葉に置き換えるのならば、学校が創設されて以来ということになるだろうし、少子化に端を発し、企業マネジメントから派生したという観点においては、まだ間もないと言っていいものであろう。
そもそも、現代における「(マネジメント)management」や「(経営コンサルタント)a management consultant」は、アメリカにおけるMBA(Master of Business Administration)schoolに始まると言っていいのではないだろうか。それは、ひいてはグローバル経済をつり上げた、アメリカ型の戦略的企業経営のバックボーンとなった考え方や方法論であるとも言っていいものに違いない。更にそれは歴史的に辿れば、古代中国における孫子の兵法やローマ帝国におけるキリスト教の国教化に始まるローマカトリック教会の構造・組織化等に帰着するのであろう。
そこで、私が論ずるところの『学校マネジメント』は、あくまでも『カトリック学校における学校マネジメント』に限定するものであって、一般的な学校マネジメントではないことをお断りするが、土台一般的な学校マネジメントというものもあり得ないと考えている。それは、企業においてもそうであるように学校においても、教育目的や児童・生徒・学生等教育する対象が違うからであって、それぞれの教育機関においてそれぞれの学校マネジメントが必要となると考えるからである。よって、『カトリック学校における学校マネジメント』というものも、一般化するには困難な面が多いのだが、幸いにもカトリック学校の場合、独自の使命やその教育目的を持ち、更にそこには普遍性があるので、その観点や領域において論ずることができるので、それらのことがらに焦点と深度を絞り込み展開させていこうと考えている。そうすることにおいて、少なくとも現代の日本社会におけるカトリック学校としての在り方や進むべき指針を探り出し、それに基づいた『学校マネジメント』というものが見えてくるのではないかと思うのである。
勿論、私が『カトリック学校における学校マネジメント』を考えるようになったのは、私が奉職する学校も例外に漏れず、少子化の煽りを受け生徒数が減少し、毎年生徒募集に翻弄させられるという現実があるからである。その上、本校においては、3年前から生徒募集を担当する広報部という専門の分掌を立ち上げ、その部長に抜擢されたということが、その必要性に迫られる最も大きな要因になった事情であったと言える。当時の私は、「経営」に関するいろはも知らず、コトラーやドラッガーに代表される経営に関する書物や雑誌等を読むことから始まったのを覚えている。そして、それはカトリック学校の本来的使命や教育目的をあらためて考え直す機会を得ることにもなり、更には、このホームページ開設の原動力やカトリック教育教聖省からの文書を紐解く機会になったのも確かな事実である。
私立学校にとって、生徒募集はその教育活動の継続もしくは学校自体の存続につながるものであって、私立学校の特徴や教育方針ならびに差別的優位性を明瞭化させるため等々、『学校マネジメント』は全ての点において今や必要不可欠なものとなっている。それはカトリック学校においても同様なことである。特にカトリック学校には独自のミッションがあるのだから、その本来的使命や教育目的をより明確化させ具体化するという作業からは逃れることはできない。よって、『カトリック学校における学校マネジメント』とは、その本来的使命や教育目的をより明確化させ具体化するという作業に始まり、そのこと自体に差別的優位性を見いださせることができるかということが、カトリック学校の存続を可能にさせるであろう。そして、そのことができなかったカトリック学校は、その存在意義を見失い、廃校への一途を辿る結果とならざるを得ないだろう。
いずれにせよ、今後展開されていく『カトリック学校における学校マネジメント』が、少子化によって生徒募集に悩まされる特に地方で活躍されている数多くのカトリック学校が、現代日本社会における『時のしるし』を読み取り、教育の改善と社会の発展に貢献しながら、カトリック学校としての本来的使命と教育目的を果たしていくためのヒントやアイディアもしくは一考察の機会、指針等の提供となれば幸いである。現代の日本社会における少子高齢社会は、多くのカトリック学校にとって、危機的状況を招いていることは事実ではあるが、むしろ、この機会をカトリック学校がその原点に立ち返り、カトリック学校の再編と日本の教育の欠如に『光』を投じる教育改革の好機として捉え、その実現につなげていかなければなるまい。
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