「愛する皆さん、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るものだからです。愛する人はすべて、神から生まれた者で、神を知っています。愛さない人は、神を知りません。神は愛だからです。」
(Tヨハネ4:7)

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随想 Esseay

「あなたたちには神の国の秘技が授けられるが、あなたたち以外の人々にはすべてがたとえ話で語られる。」
(マルコ4:11)
 
「それは、『彼らが見るには見るが認めないように、聞くには聞くが悟らないように、こうして改心してゆるされることのないように』とあるためである」
(マルコ4:12)
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 6     「 信 仰 」 6 『 山 』 2007年5月23日(水) 
6 『 山 』
 
 古今東西、時代を問わず、いつの世も山は、神の住む領域として神聖な場所とされてきた。それは、大地と大空をつなげるその雄大さ故か、それとも下界の俗人を嫌い、寄せ付けぬその険しさ故か、山は、その麓は人々に多くの恵みをもたらすが、頂点を目指す者には行く手を阻み、迷わせ、そして時にはその命を奪う。しかし山は、泣きもせず笑いもせず、ただ静かに悠然たる態度で黙っている、畏れ多き大地が生んだ塊である。
 
 男は小さな頂に立ち、これからの行く先を確かめるように、尾根づたいに続く峰々の向こうに目をやって、心を新たにした。男には、遠くに連なる稜線は、その険しさを隠すかのように薄青く霞すんでいて、男が遭難するのを強かに待ちかまえているかのように見えた。
 
 「とうとう、ここまで来てしまった…。後戻りは許されまい…。ここから先は、神の住むところ…。」
 
そう言って男は、十字架を背に担いで、身を屈め最初の一歩を踏み出した。山道は起伏が激しく険しい道で、倒木や、泥地、砂礫、岩塊などが入り交じり、足場も悪く力が効かない上に、背中の十字架が至る所で障害となって男の体力を奪っていった。
 
 悪戦苦闘の末、なんとか男は山の稜線上に辿り着いたが、神の山へと続くその稜線を間近に見て男は恐れて怯んだ。
 
 「無理だ、とんでもねぇ。これ以上は上れないで…。」
 
それは、山稜にはいくつもの切処が造られていて、岸壁が繰り返され、今にも岩の塊が男を突き落とそうと待ちかまえているかのようであった。男には、ハケーケンやカラビナそしてザイルさえもないばかりか、この重い十字架を担ぎながら、登れるはずもない稜線であることが、誰の目にも明らかであった。
 
 男は訴えかけるように、おそるおそる天に向けて顔を上げた。
 
 「男よ、どうした。」
 
神の声がした。
 
 「神様、いくら何でもこれ以上は無理で…。山登りのなんの装備もなく、その上この十字架が足を運ぶ度 に邪魔に… いえ、いろいろなところにつっかえるで…。」
 
神は言った。
 
 「何が、望みか。山岳の装備か。それとも…」
 
男は神の言う言葉を遮るように言った。
 
 「神様、どうぞお聞き下せぇ。私は、ここまで来ますに多くのあなたの助けをいただいて参りましたで…。 ですから、こんな私でもなんとか自力であなたのもとへ行きたいんで…。んだが、この背中の十字架は、ここの稜線の切処を上り下りするには命取りになりますで…。ですから何とぞ…」
 
今度は神が、男の言葉を切っていった。
 
 「十字架を返すというのか。」
 
男は答えた。
 
 「いえ、とんでもねぇですで…。十字架はあなたとのお約束のしるし、これがなかったら今までのように助けてもらえなくなりますで…。」
 
神が尋ねて聞いた。
 
 「では、何が望みか。」
 
男は言った。
 
 「大変済まねぇが、今背負っている十字架ではなく、違う十字架をくだされ…。」
 
神は応えていった。
 
 「それは、容易いことだ。私の十字架の倉に行って、好きなものを選んで交換してくるがよい。」
 
男は応えていった。
 
 「神様ありがとうございますで…。んだが、あなた様の十字架の倉とは、どこにありますで …。」
 
 「お前のすぐ側にある。」
 
そう言って、神の声は聞こえなくなった。
 
 男が、辺りを見渡すと、稜線を少し降りた斜面に洞窟のようなものがあった。男はそこまで降りていくと、恐る恐る洞窟の中に入っていった。男は薄暗い洞窟の中に目が慣れると、そこには数え切れないほどの十字架が所狭しと重ねられているのが見えたが、それは洞窟の奥深くまで続いて、その果ては見ることができなかった。男は背負っていた十字架をおろして、新しい十字架を探し始めた。
 
 数え切れないほどの十字架の中から、新たな自分の十字架を探すことは、思った以上に容易なことではなかった。背負ってみては戻し、担いでみては下ろし、男は少しでも自分にしっくりくるものをと、色々と試しては見繕うのであった。しかし、しばらくして男は、新しい十字架選びに疲れて、飽き気さえ感じるほどになってきていた。男はいらだちを覚えて、声を荒げて言った。
 
 「くそぉ…。こんなに真剣に何度も何度もあてがってみているのに、これというのがねぇで…。しかも、こんなにも多くの数があるというのに何で見つからんので…。」
 
男は、悔しさ余って地面を蹴り、拳を握って壁を叩いた。ふと、我に返って足元を見ると、十字架が一つ立てかけられずに横たわっていた。男はそれを取って背負い、担いでみると今までにはない感触が伝わってきて、男を満足させた。
 
 「おぉ、これはいいで、あったではねぇか、これがいい、これがいい…。」
 
 男はようやく見つけた十字架を背負い、倉を後にして外に出た。外は雲の中を光が差し、風が流れていた。稜線に登った男の背から光が差して、眼下の雲に、虹色に円を描くブロッケンが映し出された。円の中心の中に神の姿があった。そして、神が、再び男に語りかけてきた。
 
 「男よ、お前に相応しい十字架はあったのか。」
 
男は答えて言った。
 
 「はい、これというのがありましたで…。神様、あなたに感謝いたします。」
 
神は、男に伝えた。
 
 「男よ、その十字架をよく見てみるがよい。」
 
男は、神の言うことに従って、新たに選んだその十字架を確かめてみた。そして、十字架の下から上へと目をやると、十字架の上の先端で男の目が止まった。
 
 「おぉ、神よ、あなたは全知全能、すべてをご存じの方、私のよりどころ、私の主、私の神、あなたをお いて誰のところに行きましょう。」
 
 男が驚き、神に伏せたのは、男が新たに選んだ十字架の先端には、男が大海原の航海にいたとき、その日数を数えるために、船の舳先に刻んでいた傷があったからである。男が新たに選んだと思っていた十字架は、実は最初に神からもらった十字架そのものであったからだ。
 
男は足下から続く稜線を目で追ってから祈りを捧げてこう言って神のもとへと続く尾根を縦走していった。
 
 「ここは神の聖なる領域、私の判断はなきに等しいところ。
   あなたの教えと掟のみが支配し、人間の業はむなしく及びもしない。
       あなたのみ摂理に探りを入れず、ただ、あなたにのみ従うだけ。」
                                         
 
 7     「 信 仰 」 7 『 谷 』 2007年5月23日(水) 
7 『 谷 』
 
 最後の切処を登り切り、頂に立った時、眼下に広がっていたのは、悠久の時をかけて氷河に削られた、広大なU字谷であった。そして、その氷河の向こうには、大地の奥底からこみ上げる溶融したメルトの熱と、太陽が大地に降り注ぐ光とによって、滴となった氷河の溶解水が、深いエメラルドグリーンを映しだす氷河湖を造っていた。U字谷の氷河雪渓は、目には解らない巨大な動体であり、ところどころに大空に向かって口を開け、あるいはその傷口を雪で覆い隠すようなクレバスがあって、それは誰かを落とし穴に誘い込むかのように、密かに待ち伏せている得体の知れない魔物のようでもあった。
 
  男は、自分がクレバスの獲物にならぬよう、くれぐれも慎重に足場を確かめながら、石橋を叩いて渡るがごとく、その一歩一歩を送り出していった。神からもらった十字架は、クレバスを渡るための橋や氷塊を越えるための梯子になり、思いの外役には立ったが、慎重を極めれば極めるほど、先に進むための時間を要し、思うように距離は稼げなかった。そのことは、夕暮れまでにこの氷河を渡り切れはしまいかという男の焦る気持ちを煽り、不安と恐怖心を募らせさせるのであった。何故なら男は、今は燦々と照っている陽の光のおかげで、暑いぐらいに体温を保っているが、西の稜線に日が沈む夕刻の頃には気温が急激に下がり、やがては男の体温を奪うばかりかその命までも危うくしかねないことを知っていたからである。山岳地帯で体温を奪われると言うことは、そのまま死を意味するのである。しかも、稜線にいるのとは違って、谷に下るということは、自分の現在地を見失うということでもあるからだ。
 
男は決断を迫られた。
 
 「このままのペースでは、夕刻までには谷を下れきれまいで、ビバークしかないかの…。」
 
そう男は考えたが、考えたくはない最悪の事態が男の脳裏を走った。この氷河地帯で雪洞を掘ってビバークしても、暖を取る方法がなかったからだ。このまま、力の続く限り氷河渓谷を下っていって、途中で力尽きて野垂れ死ぬか、あるいは氷塊の割れ目を雪洞にビバークして、暖を取る手だてもなく疲労凍死するか、男にはそのいずれかのみの選択しか残されていなかった。
 
 選択の余地がない絶望の状況で、一抹の希望の灯が男の心の中にともされた。
 
 「あぁ…そうかぁ、十字架をたきぎに暖を取ればいいんでねぇか…。」
 
間髪を入れず、一瞬の間に罪の意識が男の良心を貫いた。
 
 「そんなことをしたら、もう神様のお恵みをいただけねぇのではねぇだろうか…。」
 
男の心中は、葛藤で乱れた。しかし…、
 
 「背に腹は代えられねぇで…。神様、すまねぇどもゆるしてくだされ…。」
 
男はそう呟いて、十字架をいたわるように担ぎ、なるべく小さく狭い氷塊の割れ目を探した。
 
 神は、男に何も語らず、何も応えず、そして何も尋ねなかった。
 
 ちょうど雪洞に好都合の割れ目を見つけた男は、体が冷える前に火をおこす支度に入った。男は、長旅で至る所が傷つき裂けた十字架のささくれを、できるだけたくさん千切っては木っ端にして集め、それをたきぎにしていった。十字架はみるみるうちに細くなっていって、原形をとどめるほどにもなくなり、とうとう数本の薪と化してしまった。しかし、これで一晩の暖を取るだけの準備は万端に整った。男は木っ端の一本を手に取ると、薪に擦り合わせて火を起こしにかかった。木っ端と薪の摩擦は、火種を起こすばかりか男の体温をも熱くし、雪洞の中を心地よさを感じさせるほどの空間にした。そして、やがてたきぎに火がつき、燃え上がった。
 
 男は、熱いほどに燃えて暖かな温もりを発するたきぎを見つめて思った。
 
 「本当に、これでよかったのだろうかにぃ…、この十字架を燃やしてしまえば、明日からは神様に守って もらえねぇのでは…。」
 
そんな後悔とも懺悔ともとられる思いを抱きながら、男は昼間の疲労と空腹に誘われるかのように、深い眠りについていった。
 
 十字架がもとでとなったたきぎは、次の日の朝まで男の命を生かし体力を再生させたのであった。
 
 
 8     「 信 仰 」 8 『 岩壁 』 2007年5月23日(水) 
8 『 岩壁 』
 
 背中に背負っていた十字架がなくなったためなのか、あるいは、その十字架のたきぎのおかげで一夜の安眠ができたためなのか、いずれにせよ身軽になった男にとって、雪渓を下るにはことのほか時間を要さなかった。雪渓を下ると、山の頂上から見えていた、怪しいほどに美しく深いエメラルドグリーンの色を呈する氷河湖の畔に着いた。その湖水はあまりにも綺麗に澄み切っていて、怪しく不思議なその水の色は湖水そのものの色ではなく、誰も知らない深い湖底の謎めきが奥底から投影されて、湖面に映し出されているものかのようであった。男は、のどの渇きを覚えて、湖の水を両手ですくい飲み干した。その湖水は、男ののどの渇きを潤したばかりか、空腹さえも満たした。そして、充足された男は、最後の試練に望むために、決意を新にし先を急いだ。
 
 荒涼とした荒れ地をしばらく行くと、男の行く手を阻む岩壁が立ちはだかっていた。それは山の頂上からは望めなかった岩稜で、神が言うとおりここを上ったところの頂きに神がいて、男が来るのを待ち受けているようなものではなく、むしろ人という人を拒むかのような不思議な岩塊を形成していて、しかも登っていくために、手足をかけるための裂け目や突起も見あたらない一枚岩のようであった。
 男は困惑して言った。
 
 「こぉりゃ、どうやって登ったらいいのかにぃ、手をかけるところも足をかけるところもないでねぇか…。」
 
男は、どこかに手をかけるところがないかと、もう一度目の前に広がる大きな岩壁を目をこらして探した。すると、岩盤にあるかすかな凹凸を見つけることができた。
 
 「おっしゃ、何とかあの出っ張りに手をかけられんもんかのぉ…。」
 
男が確かめるように手を伸ばしてみると、その出っ張りまでには、まだまだ手の届く距離ではなかった。そして、男は唇をかんで悔しがった。
 
 「なんてこった、あの十字架さえあればそれを梯子にして、いとも簡単に手が届いたろうにぃ…。」
 
男は、これが十字架をたきぎに燃やしてしまった報いなのかと思ったが、すぐにその思いをかき消した。そして、そうでもしなければ、既に自分は凍死していて、ここにはいなかったのだと自分の選択した方法が正しかったことを証明するかのようにそう考えた。
 
 ふと、男が地面をみると、蛇が地をはって岩壁に向かって進んでいた。蛇は、岩壁に吸い付くようにはいつくばり登っていった。男は浅はかにも蛇のようにすれば同じように登れるのではと考え、自分の手のひらを力一杯広げて、蛙のもののようにして岩壁に押し当ててみた。男は驚きの声を上げた。
 
 「おぉ、おらの手に吸盤が付いているみたいに岩壁に吸い付くでねぇか…。こりゃ、たまげたで…。」
 
男は、岩盤に両手両足を押し当てながら、はいつくばるようにして岩壁を登っていったが、それが蛇にたぶらかされた愚かな方法だということには気づけなかった。なぜなら蛇は、岩盤に吸い付いているのではなく、体中に貼り付けられた鱗が鈎となって地盤を捉え、蛇行することで前に進んでいるからである。そう、男には鱗もなければましてや蛇行などという体の機能というものも、とうてい持ち合わせるはずもないものであった。
 
 それでも男はしばらくの間、不格好なまでも何とか上へ上へと登ることができた。男の心に少しの油断ができたその時である。手をかけたところに生していたこけが、岩からはがれ落ち男の体は岩盤上を下に向かって引きずられるように滑り落ちていった。
 
 「うわぁ〜、神さまぁ、助けてくだせぇー。」
 
男は絶叫して、神に助けを求めた。神は、男を救うために岩壁に息吹を吹きかけると、そこに裂け目ができて男の手がそこに掛かった。男は宙ぶらりんになる格好で岩壁の中腹で止まった。眼下に広がる景色が小さく見えるほどの高さに男はいた。
 
 「神様、もう限界でさぁ、このまんまじゃ力尽きて地面に落ちるのを待つだけでさぁ、頼みますぁ…。」
 
神は男に応えて言った。
 
 「手を離すがよい。」
 
男は自分の耳を疑い、神に聞き返して言った。
 「神様、今何とおっしゃいましたで、もう一度お話下さいませぇ…。」
 
神は、繰り返して言った。
 
 「手を離すがよい。」
 
男は、また言った。
 
 「神様、どうぞお怒りにならないでお聞き下さいませぇ。もう一度だけお聞かせ願いませぇ。何とおっしゃいましたで…。」
 
神は、またも繰り返して言った。
 
 「手を離すがよい。」
 
男の腕と手の力は限界に達してきていて、岩盤の裂け目にかけた指が少しずつずり落ちかけてきた。男はありったけの力と気力を振り絞り、岩の裂け目に指を深くずれ込ませて体制を立て直した。そして三度、神に尋ねた。
 
 「神様、神様、そこにいらっしゃるのは本当に神様おひとりだけでぇ…。」
 
神は応えて言った。
 
 「もうよい。お前の信仰がどれほどのものか分かった。」
 
神がそう言うと男は力尽き、岩の裂け目から指がほどけるように離れ、男は地に向かって真っ逆さまに落ちていった。男は、地に落ちていく途中の意識のまだある中でこう呟いた。
 
 「主よ、主よ、我が神よ、私はまことに不信仰な愚か者でしたで…私の全てを今、あなたの御手にお委ねいたしますで…。」
 
 男は、このように神に自分の不信仰を告白し、自分の全てを神に委ねて意識を失っていった。
 
 9     「 信 仰 」 9 『 諭し 』 2007年5月23日(水) 
9 『 諭し 』
 
 男は、微睡みの中で柴が燃える炎を見た。その炎は、温かく揺らぐようにも、激しく燃えるようにも見えた。ゆっくりと甦る意識を感じた男は、自分に何が起こって今どこにいるのかをあらためて考え直していた。
 
 「あぁ、そうか、死んじまったんかぁ…。」
 
男は、死の世界を意識していたが、死ぬということは苦しみとは違うということに気づきかけていた。男は、ゆっくりと体を起こし立って地に足をつけてみた。すると突然、神の声が男の耳に入ってきた。
 
 「男よ、履き物を脱ぐがよい。お前がいるところは聖なる地であるからだ。」
 
男は驚いて履き物を脱ぎ、戸惑いを感じながら辺りを見回し、神の声のするところを探した。神の声は燃え上がる柴の中から聞こえてきているようだった。男は自分が生きているのか死んでいるのか分別する間もなく、自分の頭を地に押しつけるようにひれ伏して、次の神の声を待った。神は男に話しかけた。
 
 「男よ。」
 
男は、応えた。
 
 「はい、神様。私はここにおります。」
 
神は、男に語り始めた。
 
 「男よ、お前をここに連れてきたのは、この私である。
  お前は、常に私の手の内にあり、
  私は、常にお前と共にいる。
  お前は、自分が必要な時にだけに私の名を呼び求めるが、
  私は、どんな時にもお前から目を離さず見守っている。
  お前は、自分が欲しいものだけを私に求めるが、
  私は、お前に必要なものだけを与える。
  私は、呼び求められずとも目をかけ、
  欲されずとも、与える者である。」
 
神の声は更につづいた。
 
 「さあ、男よ、立ってゆくがよい。お前はお前のなすべき十字架を背負い、この私に信頼をおき、私に従い生きるがよい。よいか、再びお前に言おう。私はいつもお前と共にいる神である。そして、お前は私の証人である。」
 
 神の声はだんだんと遠ざかっていって聞こえなくなった。そして、燃え上がる柴の炎は男の行く先を導くように神の台座の突端へと浮遊していった。男がその炎に従い歩いていくと、岩稜の下に広がる光景を見て男は声を失った。男の眼下に広がるその光景は、男が暮らす里山の風景で、いつも野良仕事をしている時に目にしていた家の裏山にある断崖の頂上に男はいたのであった。男が考えていた、神のもとへと続く遠く遙かな長い道のりというものは、自分のもとへと帰還する旅に他ならず、しかもそれは神の手の内の中で行われていたに過ぎなかったのである。神は、男が考えていたように遠くにいる方でも畏れ多く近寄りがたく遠い存在の方でもない、まさにすぐ側でいつも共におられる方であったのだ。
 
 男の家の庭先では、三人のこどもたちが遊ぶ姿と妻が家事をつとめているいつもの光景があった。男は、その場を立ち去り家路を急いだ。男の後ろ姿は、神の目差しと息吹によって聖霊に満ち溢れ、祝福されて輝いていた。
 
 

Last updated: 2007/5/23

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