ALBUM

10世紀ごろ南インドのチョーラ王朝に攻められやむなくシンハラ王朝は首都をポロンナルワに移した。
12世紀ウィジャヤバーフ1世の孫パラークマラ・バーフ1世(King Parakrama Bahu1)は灌漑用水池パラークマラ・サムドラ(Parakrama Samudra)や多くの建築物を建設しポロンナルワを仏教都市とした。
 
寺の数が増えるにしたがって聖地の性格を濃くしてタイやミヤンマー(ビルマ)から仏教僧がこの地を訪れるようになった。
 
ポロナルワ博物館(ここでチケット売っている)
ポロナルワ博物館(ここでチケット売っている)

レストハウスの前に博物館があります。8時の開館まで1時間以上あるので私たちはパラークマラ・バーフ1世の肖像「石立像」(Statue of Unknown Man or The age)
を先に見に行くことにしました。
因みに、この博物館ガイドブックには無料となっていますが現地人は20Rsで外人の私は15$(1000Rs)となっていました。多分これは遺跡入場券になっているのでしょう。つまり此処の博物館は無料でも遺跡群は有料と言うことなのでしょう。

石立像(バーフ1世)
石立像(バーフ1世)

ポロナルワに君臨した王たちのうちもっとも繁栄をもたらした王とある。
ガイドブックには屋根がない画像でしたが屋根が出来ていました。

石立像
石立像

この像は不思議な威厳を持っている。私の案内役兼運転手は此処に来たのも初めてであった。そして私を振り向かせて写真を撮ってしまった。
足元に”この像を背に写真を撮ってはならない!”と、注意書きがあった。ゴメンナサイ!
両手に持っているのは貝葉(BAIYOH)と言うヤシの葉に書かれた仏典だそうです。
「貝葉(baiyoh)詳しく知りたい方はリンクページからジャンプして下さい。」

attention
attention

この像を背に写真を撮ってはならない!
やっちゃったー!
旅行会社から指定されたガイドが無難ですよ!そんな言葉がよぎった一瞬でした。
ガイド君!良いのですよ結果的におもしろい旅となったのですから、感謝です。

碑文
碑文

サンスクリット文字の碑文、ニッサンカ・マーラ王を称えたとガイドブックに書いてある。
”2001年宇宙の旅”この作者(Arthur -C -Clark)はここSRILANKAに住んでいます。かれはこの石碑をあのラストシーンに入れたのでは?と想像してしまいました。
Condolences.
SF WRITER ARTHER C CLARK.
On March 19.pm 15:50.
In the SriLankan hospital.
訃報
アーサークラーク氏は2008年3月19日スリランカの病院でお亡くなりになりました。
ご冥福を祈ります。

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Last updated: 2008/6/16

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