2009/2/7

Title
ユ−モ(黒錦花鳥)の誕生まで


@ 幼少、少年期
私は、3歳までの幼少期を、お袋の実家である鳥取県に預けられ過ごしました。当時は、夏は蝉取り、魚釣り、冬は竹ゾリ、すずめ取りなどをして過ごしていたようです。4歳で親父の実家、大阪へ出てきました。空襲で焼けた店が、軌道に乗ったので一家が一緒に暮らせるようになったのです。その後も、中学生になる迄は、毎年夏休みを鳥取で過ごしていました。
鳥に関心を持ち始めたのも、いとこが海辺沿いにある松林で、山鳩の巣を探し見せてくれたり、蝉取りの途中で、カワセミの雛を見つけ育てたりしたことが、きっかけのようです。
4年生の夏、帰阪時に友達が十姉妹の番をプレゼントしてくれたのが、鳥にのめり込む要因でした。
当時は、大阪でも子供が1時間も歩けば田園地帯が広がり、友人数人で雲雀取りに出かけたりしていました。ある日、雲雀取りに出かけましたが、半日経過しても雲雀の巣を見つけることが出来ません。子供心に雲雀が降りたところに巣があると思っていたので、見つからない訳です。農夫が見かねたのか、雲雀の習性や、巣の見つけ方を教えてくれ、雛を探してくれました。3羽の雲雀を貰い育て方を聞いて、意気揚々と帰って来たのですが、学校がある時期だったので、教室まで連れて行き、休み時間を利用して,餌やりをしていました。しかし、とうとう担任の先生に見つかり、校長室まで連れて行かれたのです。
絶体絶命、ところが校長先生は飴玉をくれ、雲雀の育雛を許可してくれました。
苦労して育て上げた雲雀は、巣立ちと共に無常にも私を置いて飛び立ってしまう結果に終わりました。
錦花鳥との出会いは、家の近くで飛んできた鳥を捕まえたら、宝石のようにすばらしく綺麗な鳥で、心躍る程感激したのもつかの間で、近所のおね−さんの逃がした鳥だったのです。
返した後は、無念さと飼いたい欲が湧き上がったものです。
その後、中学に進学、通学路の途中に小鳥屋を見つけ、入りびたりで念願の錦花鳥の飼育が始まったのです。自育で3羽の雛が取れると、鳥屋の親父さんが自育は珍しいと褒めてくれたのも、鳥飼いに夢中にさせる結果になりました。その後、文鳥、セキセイ、カナリヤ、小紋鳥などを高校進学寸前まで、かなり、熱を上げて飼育していました。


A 退職後
 
退職後、すぐに購入したのが錦花鳥でした。25年ほど前に見た小鳥屋を探して、庭箱と1ペア−の錦花鳥を、大事に抱え意気揚々と帰宅し、日に何度も巣箱を覗く毎日でした。
その後、雛が1羽生まれましたが、雌親が落鳥したりして、散々な結果です。
直ぐに、飼鳥が増えたのは言うまでもありません。当時は、ノ−マル種しか知らないような状態でしたが、雛に古代やフォ−ンなどが生まれ、その色に感動したものです。
1年半後には、錦花鳥は10ペア−、文鳥2ペア−、十姉妹5ペア−、胡錦鳥2ペア−、コザクラインコの手乗りなどに増えていました。
2003年10月頃に、ノ−マル同士の錦花鳥から5羽のうち2羽の黒い錦花鳥が誕生したのですが、2羽とも庭箱の隅にうずくまり、下段の止まり木にも飛び上がれないような状態が1ヶ月ほど続きました。
その間、親は2度目の育雛を始めていて、さらに、2羽の黒錦花鳥も生まれていましたが、後の雛は当時の寒波で落鳥し、親鳥も落鳥して、最初の2羽だけが残りました。
良く観察すると、羽がスカスカで体格もノ−マル種より一回り小さかったです。
残った2羽が、成鳥羽になるのに4ヶ月くらいかかりましたが、それは見事な黒錦花鳥へ変身していました。
その後、愛鳥会の先輩に教えを請い、ノ−マル種ですが黒っぽいペア−を譲り受け、2ペア−の組み合わせを行いましたところ、雌を使用したペア−から黒錦花鳥が数羽誕生したのです。
この雛も、まだまだ、飛翔力は弱く、羽もスカスカの状態でした。
でも、新種誕生かと胸は高鳴り、ぜひ、良鳥にすべく、志を新たにした次第です。
新種なら、岐阜県にちなみ、淡墨錦花鳥と命名しようと考えていたくらいです。
しかし、海外において、この黒錦花鳥がユ−モとして認知されている事を知り、少し、残念に思った事も事実です。
その後、各方面の方にお願いしてBCを譲り受け、BCなる錦花鳥と交配を繰り返し、飛翔力は格段に向上しましたが、体格差は歴然として小さいままです。
オレンジ錦花鳥とも組み、2Fの雛にも遺伝する事を確認し、この品種の固定化を視野に改良を繰り返しています。
現在までに作出した黒錦花鳥は、50羽を超え、SPも相当数が友人や小鳥店を介し出回ったものと思います。最近では、熱心な愛好家も増えてきて、より良い黒錦花鳥(ユ−モ)が作出されるものと期待しています。
願わくは、昔のように全国に愛鳥家が増えることを願って頑張りたいと思っている次第です。
 
 ユーモ雛飼育上の注意点
  @ 巣立ちが兄弟のノ−マル/SPより早く、未熟な為、水入れの量を少なくしたり、石などを置いて溺死を防ぐように考慮する。
A 餌入れは、網掛けの容器でなく、底置きを使用する。また、置き場は、背面の壁と離しておけば、雛の保温に役立つ。
B 親の次回産卵を遅らせるように、また、産卵した場合は、取り除くか仮母を使用する。
 親が雛を邪険にしない場合は、そのままでも可能であるが、雄が抱卵するペア−では、取り除く方が無難です。
C 青菜、ボレ−粉は、少しでも毎日交換、追加する。
D 親分けは、雛の成鳥が遅い為、できる限り遅くする。最低3週間程度一緒にしておくと良い。
E 親分けまで、底の掃除をせず、粟玉なども底に散らせておくと共に、赤粟穂を底に入れておくと良い。
F 底を掃除しないので、水入れ受けを使用して、カビの繁殖を防ぐ。
 
以上、気づいた事を記入しましたが、質問があればメ−ルください。
 
B ユ−モの挿餌
 
ユ−モ同士のペア−を2年ぶりに組み合わせたところ、2羽のユ−モが生まれ、1羽は落鳥、1羽が5/3に巣立ちしましたが、5/9に元気なく底にうずくまっていたので、見たところ雄親からの給餌が無いようでしたので、挿餌で育てる事にしました。本来なら、巣立ちした雛は、頑として口を開けず、挿餌は難しいのですが、このまま放置すれば、同様に落鳥するでしょう。
幸いに、現在、マメやサザナミの挿餌を行っているので、つられて給餌を求める可能性がありますので、早速、飼育籠へ収容して様子を見ることにしました。
最初は、イグザクトと青菜の汁をシリンジで強制給餌です。3〜4日経過した頃から、餌を求めるようになりましたが、育ての親を口に含むまでにはならず、スプ−ンの汁とシリンジによる給餌でしのぎました。やっと、今日から、育ての親を口にするようになり、粟玉主体の餌に切り替えるjことが出来、安心しています。
このように、1羽の雛の時は親も子育てに熱心でなく、落鳥する事が多いです。
今回、2年ぶりにユ−モ同士のペア−を組んだのは、理由があります。ユ−モ誕生から数年を経て,少し、異血の雛が育ったので1ペア−を組んだところ、5羽のユーモ雛が生まれ、皆、成長がそろい、巣立ちと共に巣へも自由に帰る程の立派な雛が育っていたのです。おおいに、期待したのもつかの間で、網戸と戸の隙間から蛇が入り、ユ−モ一家7羽全てが、殺されてしまいました。ユ−モ同士のペア−はその1回だけでしたので、今回、再挑戦です。但し、友人の経験からユ−モ同士は不妊性の雛が誕生する可能性も有りとのことなので、それを、確認する為にもペア−組を試みました。
結果報告までには、時間が掛かりますが、順次、成果を報告していきたいと思っています。
 
 
 

マメと一緒で暖かい マメ、サザナミと
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