R-000〜120 ロシア・ウクライナ・バルト三国15日間
F-000〜130 フランス物語15日間
SC000〜155 スロヴェニア・クロアチア11日間
R-043ポクロフスキー修道院
鐘楼で、12時から3人で操作する15位の鐘の合奏を聞かせてもらってから、近くの女性用ポクロフスキー修道院で昼食をとった。
R-044ポクロフ・ナ・ネルリ教会
スズダリより更に西南のボゴリューボヴォへ行き、バスを下車して片道1.5kmの牧草地を歩き、ネルリ川沿いの白鳥と称せられるボクロフ・ナ・ネルリ教会を訪れる。1165年に造られ、早春は雪が溶けて辺り一面が湖のようになる。中にはモザイクのイコンがあった。帰路は大雨に祟られてしまった。
R-045ウラジミールのウスペンスキー寺院
ボゴリューボヴォから更に南西に行き、黄金の環の最終地点であるウラジミールに着く。
ここのウスペンスキー寺院はかつて200年間ロシア正教の総本山であったという。18世紀のイコノスタシスや15世紀のフレスコ画「最後の審判」がある。
R-046ウラジミールの黄金の門
黄金の門は扉に金が貼ってあったという。
尚ロシアの首都は、現在ウクライナになったキエフに始まり、ついでウラジミールが引き継ぎ、最後にモスクワに移ったという。
ウラジミールは人口36万人、工場も50あり、地域暖房を兼ねた火力発電所が市内にある。又郊外には沢山の別荘があり、菜園で野菜を栽培している。
これで黄金の環の観光は終了し、モスクワ経由で空路ウクライナのキエフに移動する。
尚モスクワへの帰路スタンドのガソリンは1リットル27〜38円であった。
R-047ウクライナ・ロシア友好の像
ウクライナは面積日本の1.5倍、人口は約4900万人、首都キエフの人口は260万人、人口の72%がウクライナ人で、20%がロシア人。欧州有数の農業大国である。
早速ウラジミールの丘公園へ行ってみるとウクライナ・ロシア友好の像が立っていた。
R-048聖ミハエル修道院
ソ連時代に破壊され、再建したばかりの聖ミハエル修道院は実に派手であったが、内部の撮影は禁止されていた。
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Last updated: 2005/5/17