歴史道楽

 
 

11    地中海文明黎明期の余談
更新日時:
2004/10/30 
 
1)ヒストリアイ
地球上で最初の歴史を書いたのがヘロドトスのヒストリアイである。彼はギリシャ人ではあるが、当時のギリシャはアテネとかスパルタとかの都市国家であり、むしろお隣のペルシャ帝国の歴史を書いたものである。今から2500年位昔の話であるが、ヒストリアイの訳本を読んでみると彼の観察眼はまことに素晴らしいと感心する。
  彼の歴史観は、変化するのが歴史であり、その変化は対立と抗争から生起する。そ
  して宿命的にヨーロッパとアジアには対立という図式があるというものである。
   ヒストリアイは複数形の名詞で単数形ではヒスとリアとなるが、調べて分かったこ 
  と、つまり調査研究というのが本来の意味である。司馬遷の史記にしても本来は帳簿係 
  りの記録という意味であるが、後に歴史という言葉になったようである。
二つの勢力が対立し、最後に正義が勝って終わる歴史観にはゾロアスター教やユダ
  ヤ教の影響が見られる。
 
2)ゾロアスター教
昔のペルシャ帝国時代の宗教で、今もイラン等に僅かに残っている。世界は光明(善) 
 の原理と暗黒(悪)の原理の戦場であるが、最後に光明が勝って暗黒が滅び、時間が停止 
 して世界が消滅するというものである。現在のイランのゾロアスター教寺院でも、千数 
 百年火を絶やしたことがないと光を重視している。光の神をアフラ・マツダと称し、戦 
 前の世界の一流のランプは光の神にあやかってマツダランプと称した。
 
3)ユダヤ教とユダヤ人の起源
BC621年、ユダ王国のヨシヤ王がイェルサレムのヤハヴェ神殿の修復を行っている際 
 神殿より律法の書が見つかった。そこで王は神殿に全国民を集めて契約の書を読み聞か 
 せ、ヤハヴェの神との契約を守ることを誓い、民は皆その契約に従った。そして王は全 
 国の他の神々の祭壇や神像を悉く破壊し、祭司たちを祭壇の上で殺した。そして最初の 
 過ぎ越の祭りをイェルサレムで行い、世界最初の一神教王国が誕生した。その後バビロ 
 ニア捕囚時代もヤハヴェの神との契約を守り、それがユダヤ人の起源となった。 
 
4)メシアとキリスト
救世主はヘブル語で「マーシーアハ」と言い、油を注がれた者という意味である。こ 
 の言葉は聖書の日本語訳で「メシヤ」という。ユダヤ人は最後にローマに支配されたが、 
 彼等はメシヤが王となり、ローマの支配から解放してくれて一神教の信仰が守れる事を 
 望んだ。メシヤはギリシャ語では「クリストス」と言い、新訳聖書の日本語訳では「キ 
 リスト」となる。つまり救世主がメシヤとかキリストと呼ばれる。
 
5)キリスト教の不思議な行方
キリスト教がその後の地中海文明のバックボーンとなるが、そもそもキリスト教とは 
 ユダヤ教のイエスの弟子が作ったもので、つまりユダヤ教のイエス派のようなものであ 
 る。イエスをキリストとして受け入れることはユダヤ人のローマ打倒運動に加わること 
 を意味していた。所が反ローマが本質のキリスト教がなんと392年にはローマ帝国の国 
 教になってしまった。これは一体どういうことか、明確な説明は見あたらない。
 
6)歴史の完結
  ヘロドトスの歴史の筋書きは、ヨハネの黙示録のヴィジョンと重なり合い、ヨーロッ 
 パがアジアを征服するのが正義であり、その時に歴史が完結するというものである。こ 
 れは11世紀に西欧のキリスト教徒が起こした十字軍にも影響している。現地へ行って 
 みると、十字軍と言う名前のイメージとは異なり、散々悪いことをしたようである。
 


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