1)中国文明からの独立
日本列島の住民である倭人は、BC1世紀にはじめて記録に姿を現わし、韓半島の中
国皇帝直轄地と関係を結んでいた。4世紀初めに中国軍の韓半島からの撤退と共に、倭
人は自分たちの政治組織が必要になり、大阪湾を中心とした倭王の政権が誕生したが、
まだ日本列島全体に支配が及んでいなかった。ところが7世紀に唐朝が中国を統一し、
倭王の同盟相手の百済王を滅ぼす。そこで倭王は百済復興を試みたが663年白村江で全
滅し、大陸から追い出され海中に孤立した。そこで唐軍の侵略の危険を防ぐため、668
〜671法制を整備して日本天皇を名乗り、中国文明からの独立を宣言した。
2)日本書紀の主張
中国文明の有力な武器の一つである歴史を日本文明も持つために日本書紀が書かれ
た。天武天皇が歴史の編纂を命じたのが681年、日本書紀30巻が完成したのが720年
で、39年かかっている。これが日本最初の公式の歴史である。(これ以前の古文書につ
いては岡田英弘氏は認めない立場をとっている。) 一貫したテーマは万世一系の天命を
うけた正統の天皇という思想である。更に中国の建国はBC221年の秦の始皇帝による
天下統一であり、それよりBC660年の神武天皇の即位の方が古いと主張している。
又日本文明は中国文明からは何の影響も受けず、全く独自に成立して、独自に成長して
きたと主張している。これは嘘であるが7世紀に新しく出発する日本のアイデンティティ
にとつては絶対に必要であった。
3)日本のアイデンティティは反中国
7世紀の建国から1200年の間、日本は海外の政治勢力と一切正式の国交を持ったこ
とがなく、日本の天皇も外国の君主と一切の関係を結ばず、鎖国を通してきた。つまり
建国の当初から鎖国が国是であった。これは中国の侵略に対して自衛するという、建国
をめぐる国際情勢からきたものであり、「反中国」が日本のアイデンティティである。
4)神話の解釈
神話時代の解釈は歴史学者によってかなり様々であるが、岡田氏の意見はかなりドラ
スティックである。即ち神話が古代の史実の反映と考えるのは危険であるという立場を
とっている。例えば日本の皇室と天照大神を祀る伊勢の皇大神宮が初めて関わりを持っ
たのは壬申の乱(672年)であり、神武天皇も壬申の乱で初めて人間界に現れたとして、
神武天皇から応神天皇までの歴代天皇は7世紀の創作であるとしている。又ヤマトタケ
ルも草薙の剣で重なるように天武天皇だと断定している。
5)古事記の由来
古事記は平安時代の学者多朝臣人長が自分の祖先の系譜にもったいをつける為に作っ
たものと思われ、原文は3巻の漢文であり、日本書紀より100年位新しい。これを江戸
時代に本居宣長が和文で古事記伝44巻という大作を書き、日本書紀にあるいろいろな
伝承を注釈の形で古事記伝の本文に繰り入れ過剰宣伝したものであるという。
6)天皇のルーツ探しの流行
明治維新後西欧の歴史観が入って日本人の歴史観の混乱が始まった。日本語と同系
統の言語がみつからない孤独感もあり、天皇のルーツ探しの流行が続いている。中でも騎
馬民族征服王朝説は、日本の敗戦後朝鮮戦争の直前に発表され、アイデンティティの説
明ができ、神話の合理的解釈ができ、西ヨーロッパ史とも対応できたことから、一時ブ
ームとなったが、これは完全なファンタジーであると岡田氏は断定している。しかし現
存する天皇の歴史が独特な性格と共に世界一古いことは間違いない。
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