2001年5月下旬から6月初旬にかけて、ドイツ北東部歴史物語15日間というツアーに参加し、正味12日間バスで約2200km、19都市をわたり歩いた。それぞれの都市にそれぞれの歴史があり、又都市間のアウトバーンからみる郊外にドイツの歴史を垣間見た。
(1) 森の民ゲルマン
ドイツでは西南部のシュバルツバルト(黒い森)が有名であるが、北東部もなかなか自然な森が多く、特に北部では人家の影すら見えない一面の森が展開していた。375年ゲルマン民族の大移動がドイツの始まりであるが、ゲルマンは森の民であるという話が実感をもって迫ってくる。モンゴル系のフン族に追われてやってきたことになっているが、当時この地にいたスラブの土地を侵略したとも最近言われるようになった。
(2) 野蛮民族の文明化
どこの町に行っても中心はマルクト広場で、正面に市庁舎があり、近くに立派な教会がある。キリスト教と地方自治がドイツだけとはいはないが大きな歴史的特色となっている。今ではドイツは西欧随一の大国であるが、5世紀に出来たフランク王国、続いて9世紀の東フランク王国時代にキリスト教が入ってきたようで、それまでは原始宗教であった。逆にいえば野蛮民族といわれたゲルマン民族が、キリスト教によって文明化したともいえる。
(3) 神聖ローマ帝国
10世紀半ばに神聖ローマ帝国が成立してから、19世紀の初めナポレオンの進撃で崩壊するまでが神聖ローマ帝国時代である。14世紀末にカール4世の黄金文書が発布され、皇帝は7人の選帝候の選挙できまることとなった。帝国といっても各地の都市国家や王国の連合体で、その形は今でもあまり変わりはない。地方自治の生い立ちが日本と大きく変わっている所以である。
(4) 大学・宗教改革・ハンザ同盟
14世紀末といえば日本の南北朝時代であるが、ハイデルベルグ大学が設立され、16世紀初めにはマルチン・ルターが現れて宗教改革の口火を切った。その後農民戦争、宗教戦争が起こり、又北海に交易都市国家群のハンザ同盟などが発生した。ハンブルグ、リューベック、ブレーメンなどはハンザ同盟に加盟していたが、未だにハンブルグなどは一都市で一州を形成し、昔の面影を引きずっている。
(5) 旧教と新教
9世紀頃から修道院が作られ、13世紀頃作られた教会が尚残っているものもあるが、かなりの教会は神聖ローマ帝国の末期の18世紀からドイツ統一に向かう19世紀にできた物が多い。16世紀初頭のルターの宗教改革で全部新教になったというわけではなく、まだ半分くらいは旧教である。しかし旧教の方が教会堂の中は装飾が多く、教会堂自体が一種の美術品になっている。
(6) ドイツ芸術の花盛り
神聖ローマ帝国末期の18世紀からドイツ統一への過程の19世紀がドイツ芸術の花盛りの時期で、文学のゲーテ、シラー、グリム兄弟、音楽のバッハ、ベートーベン、メンデルスゾーン、ワーグナー、絵画のクラナッハなど輩出し、ルターと共に今でも彼等が各地で観光の目玉になっている。
(7) 統一・敗戦・敗戦・分裂・再統一
普仏戦争でプロシャが勝ってドイツ帝国が統一したのは1871年で、これは明治維新の3年後のことである。イタリアもそうであるが、実は彼等は日本より新しい近代国家である。20世紀には前半二つの大戦に敗れ、ソ連の分割占領で東西ドイツが分裂したが、1990年ようやく再統一した。しかし東側の経済的疲弊は甚だしく、統一後10年を経過したが、まるで戦後10年といった感じで、未だにガタガタ道路が残ったり、裏通りには廃屋が放置されているのを見かける。共産主義体制の酷さを彼等は身をもって体験したが、日本では未だに左翼賛美の亡霊が存在している。しかし町並の美しさ、郊外地の自然保護という面では、日本はドイツを徹底的に見習っていかなくてはならないと思われる。
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