1749年神聖ローマ帝国の末期8月28日ゲーテはフランクフルトに生まれた。
父は裕福な市民であり、母の父はフランクフルトの市長であった。翌年妹が生まれたが他の弟妹は幼少にして死亡してしまった。
1765年16才でライプツィヒ大学に入学したが19才の7月喀血してフランクフルトへ戻り、21才の春シュトラスブルクの大学に入り、1771年22才で法学得業士の学位を得てフランクフルトへ帰り、翌年ヴェッツラーの帝国高等法務院に研修勤務する。その後早くも戯曲や小説を書き始めるが、75年26才でカール・アウグスト公に招かれてワイマールに行き、翌年ワイマール市民権を得ると共に4人しかいない内閣の閣僚となり、82年33才で早くも帝国貴族に列せられ内閣首班となる。その後自然科学から文学と幅広い活動を長期間続け、ワイマールの自宅で1832年3月22日死去した。享年82才であった。この間種々の活動をしたが、これを項目別に纏めてみると次表の如くなる。
[文学活動] 高齢での活動は驚異的といえる。
西暦年 年齢 活 動 内 容
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1773 24 戯曲「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」完成
1774 25 「若きウェルテルの悩み」を完成、秋出版
1780 31 詩「旅人の夜の歌」
1782 33 詩「魔王」ほか
1796 47 「ウイルヘルム・マイスターの修業時代」完成
1797 48 「ヘルマンとドロテーア」刊行
1806 57 「ファウスト」第一部完成 (この年神聖ローマ帝国滅亡)
1809 60 小説「親和力」完成、自伝「詩と真実」執筆開始
1811 62 「詩と真実」第一部完成
1812 63 「詩と真実」第二部完成
1814 64 「詩と真実」第三部完成
1819 70 「西東詩集」完成
1829 80 「ウイルヘルム・マイスターの遍歴時代」出版
1831 82 「詩と真実」第四部完成、「ファウスト」第二部完成
[科学・哲学研究] この面の活動はあまり知られていない。
西暦年 年齢 活 動 内 容
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1784 35 顎間骨発見、オランダのユダヤ人哲学者スピノザ研究
1786 37 イタリアのバードゥアの植物園で原植物について確信深める
1794 45 生理的色彩の発見
1810 61 「色彩論」完成
[恋愛と結婚] 現在からみるとだらしないが、バッハもワグナーも同様であった。
西暦年 年齢 内 容
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1764 15 モーツァルトの生演奏に感激、年上のグレートヒェンへの恋
1765 16 年上のアンナ・カタリーナ・シェーンコップとの恋
1770 21 フリーデリーケ・ブリオンとの恋
1772 23 シャルロッテ・ブッフへの想い
1775 26 リリー・シェーネマンと婚約、間もなく解消、シャルロッテ・シュタイン夫人を知る
1788 39 クリテティアーネ・ヴルビウスを愛する。翌年長男アウグスト誕生
1806 57 クリスティアーネと正式に結婚、
1807 58 イェーナの出版業者の養女ウイルヘルミーネをひそかに恋する
1814 65 マリアンネ・ヴィレマーに惹かれる。翌年妻死亡
1821 72 17才のウルリーケ・フオン・レヴェッツオーと知り合うが失恋
[世間とのかかわり] 当時も変化の激しい時代であった。
西暦年 年齢 内 容
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1750 1 ヨハン・セバスチャン・バッハ没
1756 7 7年戦争始まり、59年フランクフルトのゲーテ家フランス軍に接収
1764 15 神聖ローマ帝国皇帝の戴冠式でモーツァルトの生演奏を聴き感動
1770 21 ヘルダーとの出会い、ベートーベン、ヘーゲル生まれる
1775 26 アメリカの独立戦争始まる
1776 27 アメリカの独立宣言
1789 40 フランス革命起こる、ワシントン初代アメリカ大統領となる
1794 45 シラーと親友の間柄となる
1805 56 シラー死亡
1806 57 神聖ローマ帝国滅亡
1808 59 母死亡、(父は1782年死亡)、10月ナポレオンと前後3回会う
1812 63 ベートーベンに会う
1816 67 妻クリスティアーネ死亡、シャルロッテと40数年ぶりに再会
1828 79 カール・アウグスト公死去、前年シャルロッテ・シュタイン夫人没
1830 81 長男アウグスト、ローマで猩紅熱にかかり死亡
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