かつて世の中にこんなに面白い読み物があろうとは思いもよらなかったものとして、ウェルネル・ケラー著山本七平訳の「歴史としての聖書」、続いてスィーリング著高尾利数訳「イエスのミステリー・・・死海文書で謎を解く」が挙げられる。今回著者がヘブライ語と昔のユダヤ教を学んだ結果幾つかの新事実を明らかにした前島誠著「ナザレ派のイエス」(春秋社)も前二書に劣らぬ面白さで、その中の幾つか私にとっての新事実を紹介する。
1.ホームレスだったイエスの収入源
(1)病気治療と悪霊払いの謝礼
(2)父親に仕込まれた大工技能で家具修繕などの手間賃
(3)支援者からの寄付や施し
2.「目には目を・・・」は本来賠償の掟
世間では報復の意味にとられているが、本来は律法のレビ記24章20節で「目には目、歯には歯をもって、人に負わせたものと同じ傷を自分にも負わせなければならない」という賠償の掟の意味であった。
3.ユダヤ教聖書および聖典の構成
ユダヤ教の聖書はキリスト教の旧約聖書にあたり、大別して三部構成であり、創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記の5巻からなる律法と、ヨシュア記他全8巻の預言者、更に詩篇他全11巻の諸書、合計24巻からなる。西暦紀元後できたものとして、口伝律法をまとめた「ミシュナ」、法規・教え・伝承の集大成「タルムード」、タナハ(聖書)に関する伝説・伝承的解釈「ミドラッシュ」が聖典と呼ばれている。
4.ユダヤ教諸派の中でのイエスの位置づけ
イエス・キリストは死ぬまで熱心なユダヤ教徒であり、イエスの弟子たちがナザレ派として後に原始キリスト教団を作り、ユダヤ教から離れたのは良く知られているが、イエス自身は神殿祭儀中心のサドカイ派には反抗し、パリサイ派の流れをくみガリラヤ在住のハシディーム(敬虔派)に属していたと思われる。クムラン教団等で知られるエッセネ派やバプテスマのヨハネと近く、弟子には熱心党もいた。
5.ヘブライ、イスラエル、ユダヤの語源
*ヘブライとは川向こうの人、余所者という意味で、メソポタミアからカナンに移住したアブラ
ハムが、土地の住民からこう呼ばれたのが最初で、現在は言語を指す。
*イスラエルとはアブラハムの孫ヤコブの別名で神と共に戦う者という意味がある。その息
子たちがイスラエル12部族を形成し、特に「神から使命を与えられた民」という宗教的ニュ
ウアンスを込めて言うときに用いられ、現在は国名を指している。
*ユダヤとはヤコブの四男ユダのことで讃美・感謝を意味する。後のダビデ王はユダ族出
身、ユダとユダヤは原語では同じイェフダであり、現在は民族・宗教を指している。
6.イエスの最後
十字架刑は良く知られているが、過越祭でイエスは神殿の外庭で両替屋の机や鳩売りの腰掛けをひっくり返すなど乱暴狼藉を働いた。これを機にサドカイ派の祭司長たちがイエスの抹殺を決定し、その夜逮捕して死刑を宣告した。しかし大祭司カバヤの裁判は違法であり、近くにいたローマ総督ビラトにローマ皇帝への反逆者として訴えた。ビラトの裁判ではイエスは無言で、ビラトは無罪を3度群衆に呼びかけたが反対され、面倒くさくなってローマ法の十字架刑にしてしまったものである。尚弟子のユダが裏切ったという通説は根拠なく、ユダはイエスに最も信頼されていた。又最後の晩餐はやはり左肘をついて横向きに寝ながら食事したようで、レオナルド・ダ・ビンチの絵は間違っている。
7.ガリラヤ人イエス
ガリラヤはローマの直轄領ではなく独立しており、四方を異邦人居住地帯に囲まれて孤立感があるが、経済的には豊かで、熱心党に代表される愛国心があった。この土地の影響をイエスは強く受けていた。この中で個人的には
(1)細心かつ大胆な男であった。
(2)人を惹き付ける魅力があった。
(3)心に傷のある男であった。私生児ということで母とは不仲であったが、それだけ他人の
心の傷に敏感であった。
(4)大地に独り立つ男であった。
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