歴史道楽

 
 

28    文明の十字路・シチリアの歴史
更新日時:
2004/10/30 
 
 南イタリアの例の長靴のつま先にある3角形のシチリア島は、現在はイタリアの特別自治州となっており、面積は九州の7割程度で人口は約500万人と言われている。しかしイタリアに統一されたのは1860年であり、日本の明治維新の少し前で、それまではあちこちから移民がきたり、侵略されたりしてイタリアとは全く違う独特の歴史を持っている。
 
 BC8世紀にはギリシャが島の東部から移民乃至は植民をはじめ、アルキメデスなどは有名であるが、その少し前BC9世紀にはフェニキア人が島の西部にやってきてカルタゴに引き継がれた。それ以前にシチリア島には三つの部族が住んでいた。
 
 第一はイベリア半島から渡来したシカニ族である。第二にはトロイアの落人がギリシャ人と合流して流れてきたエリミ族で島の西部に居住した。第三にはBC1300年頃イタリア半島からやってきたシクリ族がシカニ族を西部に駆逐して東部に侵入してきた。シクリがシチリアの語源になっているようである。
 
 島の東部と西部で多少の違いはあるが、その後は変化が激しく主な侵略者を年表で示す。
 
BC241年  第一次ポエニ戦争でローマがカルタゴを破りシチリアを支配 
468年    ヴァンダル族、シチリアを併合
476年    ビザンツ総督、島を奪還
493年    東ゴート族がシチリアを領有
535年   ビザンツ帝国(東ローマ帝国)が奪還支配
827年   イスラム軍、北アフリカからシチリアに上陸進軍
903年   イスラム軍全島制圧
947年   シチリアのカルプ朝、独立自治開始
1061年    ノルマン人、北フランスから南下、シチリアに侵攻開始
1072年    ノルマン人、パレルモを征服
1091年    ルッジェーロ大伯、全島を制圧
1130年    ルッジェーロ二世、南イタリア併合シチリア王国としパレルモで戴冠
1194年    ノルマン王朝よりホーエンシュタイン家(ドイツ)の支配に変わる
1268年    アンジュー家(フランス)の支配に変わる
1282年    アンジュー家の支配に反抗し、シチリア晩鐘事件起こる
1302年    スペイン・アラゴン家の支配に変わる
1503年    イスパニア王国に支配が移る 
1669年    エトナ火山大噴火
1693年    大地震で東部のカターニア等壊滅し、19世紀になって再建
1713年    サヴォイア家(北イタリア)の支配に変わる(ユトレヒト条約による)
1720年    ハプスブルグ家(オーストリア)の支配に変わる
1734年    ブルボン家(スペイン系)、ナポリとシチリアを侵略し奪還に成功
1798年    ナポレオン戦争
1816年    スペイン・ブルボン家によりシチリアはナポリに併合される
1820〜48年 パレルモを中心に国土統一運動が起こる
1860年    ガリバルディと千人隊上陸、イタリア王国に併合される
1946年   特別法により、大幅な自治が認められた特別自治州になる
1957年〜 マフィアが麻薬売買や建築投機により農村から都市に進出
1993年    マフィアの大ボス、トト・リィーナ逮捕  
 
 文化的にはギリシャとノルマンの影響が強く残っているがフェニキアやイスラムの影響も多少残っている。  
 


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