マルタ共和国はイタリアの南シチリア島の更に南93km、総面積は佐渡ヶ島の約半分、人口37万人で、マルタ本島、ゴゾ島、コミノ島他二つの無人島を含む五つの小さな島から成っている。マルタ島は第二次大戦のマルタ会談で名を知られているが、恥ずかしながら最近まで独立国とは気が付かなかった。
マルタ島も近くのシチリア島と同じような地中海の歴史を経験しているが、強いて特色を三つ挙げれば次のようである。
1. エジプトのピラミッドより古い巨石神殿文化があった。
2. AD六十年にはパウロが漂着してキリスト教が伝わった。
3. 聖ヨハネ騎士団が神聖ローマ帝国皇帝よりマルタ島を貰い受けた。
聖ヨハネ騎士団が現れる前のマルタの歴史は、隣のシチリアと同様
古代フェニキア人
ギリシャ人
ローマ人
アラブ人(イスラム)
ノルマン人
カスティーリア人(スペイン)
と次々に侵略が行われた。
聖ヨハネ騎士団そのもののマルタ島に来るまでの歴史は次の通りである。
11世紀 十字軍が発足
1113年 聖ヨハネ騎士団、パレスチナに創設、十字軍の負傷者と病人の看護、貧者の
救済に当たる。ヨーロッパ各地の貴族の次三男で構成。
1291年 イスラム軍に敗れ、ギリシャのキプロス、ロードス島に移る。
1522年 その後もイスラムのオスマン帝国に追われ、ギリシャ、イタリア、フランス 各地を
転々とし、神聖ローマ帝国皇帝カール5世よりマルタ島を貰い受けた。
年貢は鷹1羽。商業と貿易の振興、病院や要塞の建設で平和を享受した。
その後のマルタの歴史は次の通りである。
1530〜32 聖ヨハネ騎士団が町を整備
1565年 オスマン帝国軍の3ヶ月間のマルタ攻略大包囲戦に聖ヨハネ騎士団が勝ち、
団長ヴァレッタが城塞都市を築いたのが現在の首都ヴァレッタとなる。
聖ヨハネ教会の内部は実に素晴らしい。
1798年 エジプト遠征の途中ナポレオンが寄港し、騎士団は長年の平和で戦いを忘れ
あっさりと無条件降伏し、マルタはフランスの属領となる。
1800年 島民がイギリスのネルソン提督に依頼してフランス駐屯部隊を一掃し、英国
の保護統治領となる。
1964年 独立を果たす
尚マルタ本島の近くのゴゾ島では14世紀にイタリアの支配を受け、
1551年 海賊により住民が奴隷として連れ出されたという歴史が残っている。
しかし現在人口6000人くらいで、ゴミのない、泥棒のいない、自然に恵まれた美しい島になっている。
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