1995年は正に「戦後50年」であったが、次のような事件が続出し、挫折の90年代を象徴する年となり、「戦後日本」の歴史的な在り方を劇的に照らし出す年となった。
1.阪神・淡路大震災 2.オウム・サリン事件 3.兵庫銀行・木津信用組合の破綻
4.住専問題 5.沖縄の少女暴行事件 6.流行語・援助交際
実は上記の指摘は「現代日本史の問題点」で紹介した中西輝政氏の「日本の敵」に記載されているものであるが、たまたま1995年6月大前研一の政策学校「一新塾」の第二期が「戦後50年」という大テーマで(12の小テーマで)7ヶ月間延べ32回に亘り講義と議論が繰り広げられた。その中の一部であるが、下記図書が出版された。
大前研一+一新塾編「なぜ日本は変われないのか」ダイヤモンド社96-4-4、定価1600円
内容として冒頭の「問題の本質」と最後の「提言」を大前氏が担当し、経済システムの検証にはウォルフレン、竹中平蔵、奥村宏、宇井純の諸氏、政治システムの検証には富森叡児、大嶽秀夫、高野孟の諸氏、社会システムの検証では色川大吉、辛淑玉、猪瀬直樹の諸氏が担当している。
当時から既に7年経過しているが、指摘された問題点はあまり変わっておらず、まもなく経済的破綻が予想される日本が、破綻することなく立ち直るためにも戦後50年の歴史をあらためて検証する必要があり、先の中西氏の所説とは少しスタンスの異なる立場から検討を加えたい。
2部に分け、その1で大前研一氏の「問題の本質」と「提言」をとりあげ、その2で経済システム、政治システム、社会システムの検証を私なりに取り上げたいと思う。
[問題の本質−戦後50年を検証する意味]
日本は戦後50年の間に中央からお金を循環させるシステムを作り、貧富の差の少ないフラットな国づくりに成功してきた。しかし次の50年を予測すると、2010年から2015年の間には年金や福祉が破綻すると思われるので今52才以下の人に将来はない。その原因は田中角栄以降のばらまき行政である。それを我々の力で直さなければならない。お金の面では政府・与党は犯罪的なことをやっているが、一方被害を受ける若者は投票率が低く、又政治を軽蔑させて投票率を下げるという悪循環が進んでいる。又アメリカとの関係、中国・韓国との大きな溝についても検証し、戦後50年間の垢を洗い落とす必要がある。
[提言−問い続ける精神]
1.田中政治からの訣別:諸悪の根源の筆頭は県、市、町村という細分化された行政単位をもつ中央集権制で、自前の財源をもつ自治体を核とした道州制へ移行し、地域経済の活性化を目指すべきである。
2.これからの日米関係:安全保障についてアジア全体の集団安全保障を如何に形成するかが課題であり、経済問題は国家レベルではなく、民間レベルの交流で解決できる。
3.日本の金融システム:大蔵省解体論が提唱されているが、これだけは実現した。ただ今後予想される金融崩壊への対応を早く準備する必要がある。
4.理念と人材を求めて:見方によっては日本人の変わり身の早さは世界一である。新しい国家運営の理念を求めて、憲法を改正し、外交力、軍事力を一人前にする。又当然ながら人材の創出により、世界的に新しい役割をもつ開拓者を目指すべきである。
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