歴史道楽

 
 

41    インド古代史素描
更新日時:
2004/10/31 
 
 インド亜大陸の歴史はインダス文明に始まる。最盛期はBC2300〜1800年頃のことと考えられている。しかしBC1800年を過ぎると地殻の隆起、洪水その他の理由から文明は衰亡し、地方的な文化へと移り変わって行く。
 
 BC1500年頃西方からアーリア民族(遊牧民)がパンジャブ地方へ進出してきて、部族制を維持しながら先住農耕民と共存していたが、BC1000年頃にはガンジス河流域に進出し、自らも森林を切り開いて農耕を行うようになる。元来自然現象を神格化した神を崇拝し、神々と人間の仲介者としての司祭(バラモン)が重要な役割を果たすバラモン教を宗教とし、その思想はBC1200年頃成立のリグ・ヴェーダに詳しく見られる。
 
 マガダその他の国家の成立してくる前6世紀頃になると、輪廻など先住民の宗教観念を大幅に取り入れたウバニシャッド哲学が説かれるようになり、仏教、ジャイナ教も出現した。バラモン(司祭)、クシャトリア(王族)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)といったカースト制度の原型も形成された。
 
 前4世紀にはマケドニアのアレキサンドロス大王がインド西北部に侵入し、部族国家の西北インドは混乱に陥ったが、マウルヤ朝がこれを収拾して統一し、孫のアショカ王の時代に最盛期を迎え、晩年仏教に帰依し、各地に記念碑を残している。
 
 前2世紀になると、西北インドにはまた新たな異民族が次々と侵入し、マウルヤ朝もシュンガ朝に滅ぼされ、以後各地に種々の王朝の興亡が続き、政治的には安定を欠いた時代であったが、北インドにおいては前代に興った新しい哲学とカースト制度を基盤としたヒンドゥー教が成立した。
 
 4世紀になると、再びガンジス河流域マガダ王国の地に新しい政権グプタ朝が台頭し、マウルヤ朝に次ぐ大帝国が出現した。しかし5世紀後半から衰退し、6世紀には滅亡した。 グプタ朝が滅亡した後のインドは12世紀末にアフガン台地からイスラム勢力が侵入してデリーを占拠するまでの間、地方に諸勢力が割拠するラージプート時代を迎える。この時代はインド史における地方文化興隆の時代でもある。
 
 


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