たまたま現在日朝国交正常化交渉が始まり、北朝鮮に拉致されたもののうち生存者5人が帰国し、明日から交渉が再開されることになり、種々話題を提供している。そこで産経新聞ソウル支局長黒田勝弘氏の下記2冊の図書を読んでみた。
1.「誰も書けなかった朝鮮半島5つの謎」徳間書店 2000年9月30日 1600円+税
2.「韓国人の歴史観」 文芸春秋 文春新書022 1989年1月20日 690円+税
著者黒田氏は韓国通として知られているが、その経歴は次のようである。
1941年大阪市生まれで、1964年京大経済学部卒、共同通信社入社、社会部記者などを経て1978-79年の1年間、韓国延世大学に語学留学、80-84年共同通信ソウル支局長、1989年から産経新聞ソウル支局長(現在論説委員を兼任)現在にいたっており、著書に韓国に関するもの多数がある。列記すれば、「韓国社会をみつめて」「ソウル原体験」「ソウル発これが韓国だ」「韓国人の発想」「ぼくのソウル白書」(徳間書店)、「板門店の壁は崩れるか」(講談社)、「韓国反日症候群」(亜紀書房)、「朝鮮半島21世紀への深層」(東洋経済新報社)
など多数。
参考文献1によれば、1970年代中頃までの日本のマスコミは、朝鮮・韓国の情報は在日朝鮮・韓国人を通じて認識し理解していた。在日の主力は北朝鮮系で、それに韓国から流れてきた反政府系が加わっていた。
又日本人妻が北朝鮮に渡った頃、日本の新聞の担当記者達には、「贖罪感と革命的ロマンティシズム」があった。贖罪感とは日本が朝鮮半島を植民地支配し、かの地の人々を抑圧・収奪したことについて申し訳ないとする心情である。ただこの贖罪意識で物事や歴史を見る目が曇ってはいけないと黒田氏は自戒しているが、これは現在60才前後の戦後教育を受けた連中がかなり左翼思想にかぶれていたことを示しているように思われる。在日朝鮮人の北朝鮮帰還では、日本のマスコミは「差別と貧困」を強調し、「楽園」に送り出したつもりが、結果としてより苛酷な「差別と貧困」に追いやってしまった。
他方日韓国交正常化は1965年、14年ぶりに交渉成立したが、これはあきらかに朴正煕大統領の英断であった。彼は日本の陸軍士官学校出身の軍人で、日本の優れた点を認識しており、意地っぱりの賠償要求を取り下げて経済協力をとりつけ、それまで金日成の北朝鮮より劣勢であった韓国が、日本の援助でその後著しく発展する素地を作った。
最近韓国が北朝鮮化して、北朝鮮の悪口を言わなくなり、過去を不問にし始めた。しかし本来北朝鮮は虚構に満ちたパルチザン(ゲリラ部隊)国家であり、北の核は北の生き残り戦略である。日本から米の支援を受けても、彼等は「日本の米を貰ってやった。畜産にも使えるので米は多いほどよい」というようなことを言い、まるで人民は家畜であると言っているようなものである。その意味で韓国の統一ブームは情緒的であり、金正日独裁体制を温存したままの統一は考えられない。従ってその延命を助けるような日朝交渉はアメリカが言うように有害無益である。
参考文献2によれば、韓国人にとって口惜しいのは植民地にされたことだけではない。そこから自力で独立できず、戦後も対日戦勝国と認められなかったことが、今に続くトラウマなのだ。戦時中は殆ど日本人になりかかり、共にあの戦争を戦った記憶に悩むのだ。だから「反日」教育とは、彼等の中の「日本」を消すことであり、彼等がよく言う「歴史の建て直し」とは、対日協力の忌まわしい過去を消すことではあるまいか、としている。 戦時中、上海に亡命韓国政権を作って抗日戦をやったというが、日本の降伏と共に米ソの支配下に入り、韓国の独立は認められず、漸く1948年になって韓国が独立し、続いて北朝鮮がソ連の後押しで独立したという経緯は、いくら悔しがっても変わらない。「反日」は「克日」であり、日韓問題はなく「日日」「韓韓」問題であるという見方は面白い。
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