東京裁判に関しては、「続 GOLDEN AGE 、第二部 知的好奇心の探究、第四章 日本史の周辺、第十一節 東京裁判とその影響」の中で詳しく述べられている。しかし東京裁判で判事11名の中で唯一人インドのパール博士が全員無罪を主張したことは知られているが、その内容についてはあまり明確ではなかった。第一判決時にも封印され、内容が開示されたのは大分後になってからであった。1963年9月に慧文社から「パール博士の日本無罪論」が刊行されたが、2001年10月にようやく小学館文庫から復刊された。
パール博士の略歴は、1886年インド・ベンガル地方の生まれで、1941年カルカッタ高裁判事、44年カルカッタ大学総長、46年インド代表であり唯一の国際法学者として東京裁判判事に就任、裁判終了後、国連国際法委員会委員、委員長を歴任、67年死去された。
[東京裁判の法的欺瞞]
パール博士によれば、東京裁判は国際法によらず、事後法によって行われた裁判で、戦勝国によるリンチと何ら変わらぬ復讐であり、違法裁判であると非難した。後にその主張は世界的に高く評価されている。第一現在の国際法では戦争自体は法の圏外にあり、敗戦国の指導者を戦争犯罪人とする法的根拠はない。
[太平洋戦争の勃発した原因]
検察側が訴追し、描写しようとした共同謀議は、司法裁判所としては最も奇異なもので信ずべからざるものの一つであるとパール博士は指摘している。東京裁判で行われたように、無数の寄せ集められたものをつなぎ合わせて共同謀議というならば、世界のあらゆる主要国家の政治家を、彼等自身が意図しなかった「侵略戦争」を準備し、かつ挑発したものとして断罪できるであろうとしている。
つまり共同謀議は妄想であると断じており、底には人種的偏見が流れており、ABCD経済包囲網から石油禁輸こそ開戦を決定的にした ものであり、アメリカの最後通牒ハルノートに至っては、これを受けて開戦を決意しない国があろうかと非難している。
[戦争における殺人の罪]
戦争自体は殺し合いで好ましいものではないが、敗戦国の指導者だけに罪をなすりつけるのは不合理である。又いわゆる通常の戦争犯罪にしても、米軍の非戦闘員に対する焼夷弾空爆による焦土作戦、原子爆弾の投下、ソ連軍の中立条約の一方的破棄と満州における残虐行為など、目に余る不法行為を無視し、侵略戦争を起こした日本が悪いという一方的な宣伝で、日本人に贖罪意識を植え付けたものである。
[東京裁判のもたらしたもの]
日本とドイツに起きた二つの国際軍事裁判を、世界の法律学者は重大問題として真剣にとりあげ、東京裁判は戦勝国による違法な復讐行為であるというのが定説となっている。
しかるに、肝心の日本において、これが一向に問題視されないのはどうしてかと考えると、それは敗戦の副産物ではないかと著者は考えている。つまり敗戦の打撃が大きすぎて、生活に追われて思考の余地を失ったことと、他方アメリカの巧妙な占領政策で、過去の一切が誤りであるという罪悪感に陥り、バックボーンを抜かれて無気力になってしまったからである、としている。
私としては、やはりこれは日本人の島国根性の欠陥ではないかと思う。視野が狭い、合理性に欠ける、学習の軽視、戦略性があいまい、等の結果であると思う。国際的にはもはやインチキと断定された「戦犯」で中国や韓国にゆすられておたおたする政府や政治家、マスコミのだらしなさは、日本人の島国根性からの早急な脱却の必要性を裏付けるものである。
参考文献:「パール判事の日本無罪論」田中正明著 小学館文庫
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