BC5〜6世紀にインドに仏教が興り、13世紀初頭にインドではイスラムの破壊により仏教は消滅した。しかしそれまでに南伝仏教、北伝仏教として主としてアジア諸国に伝搬した。では仏教はいかにして生まれたか、その前史は概略次の通りである。
(1) BC13世紀末
世界の著名な先史文明の一つであるインダス文明が終息に向かう頃、紀元前13世紀末に、アーリア人がインド北西部からパンジャブ地方に侵入し、やがて定着した。その神話が讃歌集「リグ・ヴェーダ」にうたわれた。他方徐々に司祭者のバラモンを頂点とする四姓のいわゆるカースト制度が構築された。
(2) BC7世紀頃
アーリア人は紀元前7世紀頃にはガンジス河中流域のインド大平原に進出し、その生活が遊牧から農耕に転換し固定するなかで、最初の哲学文献「ウパニシャッド」(秘密の教義、奥義書)の諸テキストが生まれた。
古ウパニシャッドでは、ブラフマン(梵)=宇宙の根本原理に対し、アートマン(我)=個人の主体であり内在的原理が立てられ、やがて梵我一如という壮大な智慧を築きあげ、その原理が後代のインド哲学の主流となり、ヒンドゥの宗教を支えることとなる。
やや遅れて、個人の現実の直視から、業(カルマ)による輪廻(サンサーラ)の思想が芽生え、急速に全インドに広まり、後に東南アジア全体を支配するようになった。
(3) BC6世紀以降
インドでは農耕社会が豊に成熟し、商工業がおこり栄えて、多くの都市と群小国家が誕生した。その結果ヴェーダの宗教は一旦隠れ、バラモンも権威を失い、王族(クシャトリア)の勃興が顕著となり、自由で清新な思想家たちが活躍する。沙門(シュラマナ、サマナ、励む人の意)と呼ばれた彼等は、出家して世俗の一切を捨て去り、各々が自ら開拓した多彩な新思想に生き、解放されて新風のそよぐ社会の歓迎を受けた。
仏教の創始者ゴータマ・ブッダも、同時代のジャイナ教創始者のマハーヴィーラも、この自由思想家に属し、仏教とジャイナ教とは、特に初期には互いに関連し合い、共通する所が多く、両者はバラモン教及びそれの変身したヒンドゥ教以外の二大宗教として、インド人に多大な感化を与え続けた。
尚ジャイナ教が仏教と異なる点は、ジャイナ教は専ら実践に徹し、苦行を過度に評価し、又不殺生を固守して全インドに普及させた。だが大乗仏教のような大きな変革はなく、又常にインド国内にとどまり、信徒数は現在約200万人とはいえ、絶大な金融資本を掌握している。
参考文献:三枝充悳著「仏教入門」岩波新書103
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