世界の何処を見ても500年以上続いた国は珍しく、況や現存する国の起源が神話時代などという例は他にはない。おそらく現在の国家で、何時出現したか正確には分からないという国は日本以外にはないであろう。しかし例外的とはいえ、やはり日本という国はどのようにしてできたか、は甚だ関心のあるところで、前著「ゴールデン・エイジ」及び「続ゴールデン・エイジ」でも、日本人・日本語・日本文化の起源、日本建国の謎、秘められた日本古代史など、諸説紛々たる現状の紹介を行っている。
今回もたまたま下記5冊の図書を読んだが、定説がないという点ではあまり進歩はなさそうである。この中で澤田氏の本は以前にも読んだことがあるが、疑問を主体とする諸資料の紹介で主張が明確ではない。佐原氏の本は江上波夫氏の騎馬民族征服王朝説への反論で、騎馬文化はきたが騎馬民族が征服王朝になったわけではないという消極的な説である。
「日本人の起源の謎」は基本的には埴原氏の説によっているが一部に反論ものせている。武光氏の本はあまり過激ではないが、一部注目すべき点も見られる。井沢氏は周知の小説家であり、その意味で歴史家ではない歴史としていくつかの話題を提供している。このような点から、井沢氏の説を主題に一部武光氏の説を取り入れて謎の日本古代史に挑戦する。
先ず井沢氏は日本の歴史学の三大欠陥として、史料中心主義であること、アカデミズムであること、古代の呪術を無視していることを挙げている。空白の4世紀と言われるように、シナ大陸の混乱期には日本の事情の紹介がなく、丁度大和朝廷の出来る頃の史料はない。従っていろいろと想像力を働かせるほかないが、なかなか決定版は出にくい。
古代日本列島人は「倭」人と言われていたが、武光氏は「我」から来ていると言い、井沢氏は環濠集落の「環」から来ていると一寸意外な発想である。「環」が「和」という字で表現されるようになり、「やまと」が盟主となって、列島各地の小国家を「和」の理念で糾合して独立国家共同体「大和」を作ったという。もちろん「ヤマト」は当て字であるという。そして「和」は日本独自の発想であり、その発生原因は「タタリ」に対する恐怖であるとしている。出雲大社が東大寺や天皇の御所より当時大きい建物であったのは、国譲りという名目で大国主命を殺したタタリを怖れて祀ったからだという。又出雲大社は二礼二拍でなく二礼四拍なのはやはり「四」は「シ」即ち「死」に通じ、死の国から戻らぬよう祈ったからだという。
邪馬台国自体は謎であるが、卑弥呼に対して井沢氏は紀元248年の皆既日食とからめて面白い説を出している。当時邪馬台国は狗奴国と争っていた。武光氏は、狗奴国は邪馬台国には魏が後押ししているのでかなわないと思って屈服したが、そのころ老齢の卑弥呼は自然死したと主張している。之に対して井沢氏は、太陽が消えたのは首長である卑弥呼の責任であると邪馬台国の戦意がなくなり、狗奴国に負けたため、卑弥呼は殺されたとしている。又卑弥呼は日巫女であり、天照大神であると断定している。尚武光氏は天岩戸神話の原型は東南アジアの鶏が太陽を呼ぶ話であると紹介している。更に同氏は北極星を表す漢語「天皇」を君主の称号とする発想は、日本の支配者を道教的な宇宙の神になぞらえる思想と深く関わるものであるとしている。
武光氏は大和朝誕生の謎は今後の研究に待つとしているが、欠史八代の天皇をはじめ、成務、仲哀もその存在は怪しいとしている。これに対して井沢氏は神宮皇后の三韓征伐もウソであるとその理由を細々とあげている。更に宇佐八幡の比売大神は実は卑弥呼であると大胆に推論している。これで宇佐八幡の中央には大和朝の開祖卑弥呼、右に応神の母である神宮皇后、左に応神朝の開祖応神天皇ということになる。
天皇家はどうやら韓国南部の伽耶から来たのではないかという説が有力であるが、残念ながら直接的な確証はない。これは騎馬民族征服王朝説だけではなく、天孫降臨の神話からも推量されている。これに対して井沢氏は「天皇陵」の学術的調査を提唱しているが、宮内庁が頑固に反対している。これは「天皇陵を発掘すると天皇家の祖先が朝鮮半島から渡来したことの証拠が出てくる恐れがあるからだ」という見方がある。しかしそのようなことは歴史上珍しいことではなく、もしそうであっても隠す必要は全くないという井沢氏の説に賛成である。むしろ世界で唯一起源のはっきりしない日本国と天皇家の誕生を明らかにできれば、その方が余程好ましいのではないかと思う。
参考図書
1.「日本誕生と天照大神の謎」澤田洋太郎著 六興出版 H3-10-5
2.「騎馬民族は来なかった」 佐原真著 日本放送出版協会 93-9-30
3.「日本人の起源の謎」 山口敏監修 日本文芸社 H9-11-30
4.「目からウロコの古代史」 武光誠著 PHP研究所 2000-3-30
5.「逆説の日本史 T古代黎明編 封印された倭の謎」井沢元彦著 小学館96-6-10
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