歴史道楽

 
 

68    スロヴェニアの歴史外観
更新日時:
2004/10/29 
 
 日本ではあまり知られていないバルカン半島北部のスロヴェニアの歴史を概観する。
 
[1] 古スロヴェニアの始まり
 BC620 当時カランタニアと呼ばれた人口20万の小公国ができたが、やがてケルト族     に支配されて姿を消してしまった。
 BC181 ローマ帝国に領有され、以後西欧の強国の統治が始まった。
869 初めての独立王国がスラブ人君主コーツェルにより建国された。
     スラブ語によるキリスト教礼拝とスラブ文字が導入された。 
900 騎馬民族マジャル人の侵略で崩壊したが、ドイツ民族の援助があり、1900年代     までドイツの強い影響下に入った。 
 
[2] 長いハプスブルグ家支配時代
13世紀 頃よりハプスブルグ家の支配が始まる。
1358 スティツナの反乱を皮切りにスロヴェニア農民は100回以上領主と闘争した。
1573 12000人の反乱軍が何人も封建領主を倒したが、ハプスブルグ家の武力で鎮圧。 
16世紀 宗教改革の波がスロヴェニアの民族意識に力を与えた。プロテスタンティズムが反体制、反権力のシンボルとなり、反ハプスブルグ支配と結びついた。
 又この頃プロテスタントの牧師がスロヴェニア語の文法書を出版した。
1848 詩人フランツェ・プレシェーレンが登場し、民族の自由と誇りを謳う彼の作品 が一般民衆に愛された。 
 
[3] 旧ユーゴスラヴィアの誕生から解体まで
1918 オーストリア・ハンガリー帝国の崩壊により、セルビア人、クロアチア人、スロヴェニア人の王国に参画するが、イタリアの侵入で国土の1/3を奪われる。
1929 セルヴィア人主導のユーゴスラヴィア王国誕生し編入される。
1941 ユーゴスラヴィアはナチス・ドイツとムッソリーニのイタリアに占領され、スロヴェニアはドイツ、イタリア、ハンガリー領に3分割される。
1945 第2次世界大戦終結し、チトー率いる共産党がユーゴスラヴィア連邦を建国。
1948 チトー大統領がソ連と対立し、独自の社会主義路線を歩む。
1989 東欧の改革で独立気運高まる。
1990 連立政党デモスが選挙で共和国議会の多数を占める。
1991-6-25 スロヴェニア独立宣言。ユーゴ連邦軍が軍事介入したが、10日間で撃退。 旧ユーゴの中で最も西欧的で民度の高い国として今日に至る。
 
正式国名:スロヴェニア共和国
面積:20,256平方キロ(四国とほぼ同じ)
人口:200万人
首都:リュブリアーナ
民族構成:スロヴェニア人90%、その他ハンガリー人、イタリア人など
宗教:ローマ・カトリックが95%
言語:公用語はスロヴェニア語、ドイツ語、英語、イタリア語はよく通じる。
産業:農業、食品加工業、繊維工業、金属工業
通貨:スロヴェニア・トラール(SIT)、1SIT=約0.53円、1$=約245SIT(2002-06)
 


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