歴史学者として著名なE.H.カーは、その著「歴史とは何か」(岩波新書447)で「歴史とは歴史家が創造したものである。」「歴史とは現在と過去との間の対話である。」と言っており、簡単に言えば、歴史は物語であり、文学であり、科学ではないとしている。
一方多くの研究者によれば、歴史上の重要な出来事は「起こるべくして起こった」とか「歴史は繰り返す」と言い、「100年に1度起こる」という周期論を繰り広げる者もいる。
一方19世紀から20世紀にかけて科学も大分進歩した。歴史学者が果たして最新の科学を理解しているかどうかは疑わしい。これに対して理論物理学者のマーク・ブキャナン博士が最新の科学的手法で歴史に挑戦したのが末尾の参考文献である。残念ながら私自身が最近の複雑系科学を充分理解していないので、なかなか著者の説明の核心に触れられないもどかしさが残った。
著者は、歴史の方程式を探す鍵は、自然界に偏在する「冪乗則(べきじょうそく)」にあると判断した。これは地震に例えれば、エネルギーが2倍になると、地震の発生確率は1/4になると言うように、事象の規模と頻度の関係には不思議な関係があり、地震の発生だけでなく、雪崩や山火事の延焼などの多くの自然現象に見られるだけでなく、恐竜の絶滅をはじめ多くの生物の滅亡にも大きなヒントを与えてくれる。
尚地震の場合、規模と頻度の関係では冪乗則が成り立つが、では地震の予測は可能であるかという点では、残念ながら現在はまだ的確な予測はできないのが現状の様である。
更に冪乗則は、景気循環や都市の発展など、人間の意思が介在する事象のなかにも観察することができる。これを戦争の勃発、科学上の大発見など、もっと複雑な状況に応用するとき、私たちはこの世界の構造について深い洞察を得ることが出来ると考えられる。。
そこで著者は一歩進んで、人類の歴史も、同様の規則性に従い、同様の物理的モデルで理解できるのではないかと考えた。そして、歴史上の出来事のような、人間の行動が支配する物事にも規則性が成り立つのかどうかという問題を様々な面から考察して行く。果たして歴史は物理学で理解することが出来るのであろうか? 「歴史物理学」というものは存在し得るのであろうか?
例えば、戦争について、人口の変化を考慮に入れて、死者の数を当時の世界の人口で割った値を戦争の規模とすると、規模が2倍になると頻度は約1/2.62 となるという冪乗則が存在することは分かったが、いつどの位の規模の戦争が起こるかまでは未だ予測出来ない様である。しかし冪乗則の存在が歴史的事件にも適用できるようになったことは、従来にない新しい解釈が生まれる事になると思われる。
参考文献:
「歴史の方程式・・科学は大事件を予知できるか」
マーク・ブキャナン著、水谷淳訳 早川書房 2003年11月15日初版発行 2300円+税
大田文化の森情報館420フ
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