歴史道楽

 
 

76    アメリカとはどんな国か
更新日時:
2004/10/28 
 
 イラク問題などでアメリカ或いはブッシュ大統領に対する批判が多いが、ではアメリカという国を、歴史を含めてどこまで理解しているか、と言われると残念ながら全面的に知っているとは言えない。そこで末尾に記載の参考文献を図書館から借りてきて読んだ。果たして知らなかった事が続々と出てきた。その中で興味深かった事項を紹介する。
 
 大東亜戦争で一般国民が一番悩まされたのが夜間無差別焼夷弾爆撃であり、それを強行したのが、第21爆撃軍司令官だったカーチス・ルメイ将軍で、彼は日本国内67都市に焼夷弾94,000ton、通常爆弾53,000ton、機雷12,000tonを投下した。外されたのは広島、長崎、小倉、新潟、京都の5都市であった。その彼がケネディ政権下空軍幕僚長に出世したが、キューバ危機で先制核攻撃を強硬に主張し、遂にケネディに引導を渡された。しかし日本政府は航空自衛隊の育成に功績があったとして、彼に勲一等旭日大授章を贈っている。
 
 アメリカにおける武力行使というDNAは、そもそも1988年の憲法制定の3年後に基本的人権保障事項十ヶ条が修正導入されたが、その第2条にあり、銃を持つことがアメリカ民主主義の権利と信じられている。条文は「紀律ある民兵は、自由国家の安寧にとりて必要なるを以て、人民の武器を保蔵し、又武装する権利は、之を損なう事を得ず」となっている。この憲法修正第2条は州権説と人権説とずっと対立しているが、銃が増えれば犯罪が減ると、銃規制反対派の方が優勢である
 
 アメリカ自体、英仏7年戦争による英帝国の財政難から発したアメリカ植民地への課税強化に反発した独立革命でできた「無秩序」からの誕生であり、「規律ある民兵」の勝利の中から、自由と平等の民主主義を掲げてアメリカという国の秩序が誕生したのである。
更に元をただせば、メイフラワー号の「メイフラワー誓約」が原点となっており、ピルグリムファーザーズは分離派ピューリタンで、それなりの武装集団であり、プリマス上陸翌年の1621年にはインディアンと相互不可侵平和友好条約を結んでいる。
 
 第3代ジェファーソン大統領がルイジァナ10州をナポレオンから1600万ドルで購入して領土を西に大きく広げたが、第5代モンローもスペインからフロリダを獲得したり、カナダとの国境線を北緯49度線としたりしたが、俗にモンロー主義といわれるモンロー・ドクトリンは、南北アメリカに対するヨーロッパ(ロシア、イギリス、スペイン、ポルトガル)の干渉拒否と相互不干渉であり、決して孤立主義ではない。西へは拡張するということで、後に太平洋岸まで領土を拡張し、更にアラスカ購入、ハワイ併合、フィリピン領有、中国の門戸開放と進み、1853 年のペリー艦隊の来航もその一環であり、終着点が日米開戦となった。
 
 モンロー・ドクトリンと共にアメリカの特色は「明白な天命」と称するアングロサクソンの選民意識があり、インディアン、黒人、メキシコ人、アジア人に対する差別意識に支えられている。1861 〜1865年の南北戦争では290万人参戦し、双方の死者は62万人に達した。産業革命が反映した武力行使の場であったが、北軍が勝利し奴隷制は廃止された。インディアンは殺戮による排除を含めて徹底的に疎外されつづけ、現在保留地でカジノ経営に精を出している。一方黒人をはじめとするマイノリティは次第に増加し、米軍ではマイノリティと女性で40%に達するようになった。
 
 尚最近では1968年が分水嶺となり、リベラル派が自滅し、民主党から共和党へ政権が移っている。ブッシュはアルコールを止め、早寝早起きで評判がよく、ネオコンと国際協調派とのバランスの上にたち、うまくバランスをとっている。しかし目下ネーションビルディングの試練を受けているが、武力こそ民主主義の原点というアメリカの伝統をしかと受け継いでいるのではなかろうか。
 
参考文献: 松尾文夫著「銃を持つ民主主義−「アメリカという国」のなりたち−」
  株式会社小学館 2004年3月1日初版 第1刷 発行
 


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