末尾の参考文献の著者・黄氏は1938年台湾生まれで、1964年来日し、早稲田大学商学部を卒業し、明治大学大学院修士課程を修了している。「中国の没落」が大反響となり評論家活動に入った。中国や日本に関する著書が多数ある。中国の内情にに詳しく見方によっては大変な親日家でもある。私にとっても新鮮な感じの部分を以下取り上げてみる。
日清戦争は中華帝国が起こした日本への懲罰戦争だったと断定している。しかし清国は敗れて近代化の必要性を痛感し、戊戌維新は明治維新の焼き直しであったが失敗し、伊藤博文も清国宰相としてスカウトされかかったそうである。又義和団事件で中国の伝来の財宝を守ったのは日本軍であり、柴五郎などは北京庶民の守護神となった。
日本は朝鮮半島を中国とロシアの併合から守り、日露戦争で世界史の流れを変え、中国のロシア化も阻止された。満州はかつての万国法の基準では「無主の地」であり、馬賊出身の奉天軍閥と日本の関東軍により満州支配が争われたが、満州荒野の開発は移民同士の競争で行われ、漢民族の大量移民で先住民の土地を略奪し、日本移民を圧倒して彼らの桃源郷となった。尚孫文が日本へ満州売却の交渉をしたという記録もある。
大正時代、中国は師を欧米から日本に切り替え、東京が中国近代革命の基地となった。又多くの日本人が中国の革命家を支援すると共に、日本陸軍士官学校の清国留学生が近代中国軍を育て、日本人が中国に近代社会の作り方を教えた。
日中戦争というが、内戦で無政府状態の中で中国側の挑発に日本軍は翻弄されてしまった。毛沢東は中国を内乱の泥沼から救ったのは日本の大陸進出だと感謝した。中国側の戦争犠牲者は蒋介石が発表した国民政府の勝利宣言によれば、戦死132万、戦傷176万、行方不明130万の合計438万人であった。それがいつの間にか1000万人、2100万人となり、江沢民は3500万人と称している。大体有史以来戦争は中国にとって文化であり、日本軍の戦争様式に皆殺しや略奪はなく、南京大虐殺は王朝崩壊期に繰り返された恒例の祭事で、中国の歴史認識はご都合で常にころころと変わるものである。
日本の植民地経営は中国式収奪ではなく、殖産興業・インフラ整備で、朝鮮などは植民地というより合邦国家であった。台湾の方が最初難治であり、朝鮮の方が種々優遇されていたが、その後中国の統治を受けた台湾は日本人の貢献度を高く評価している。朝鮮は一般の植民地から見れば破格の待遇だったのに、これを恨むとは恩知らずである。
大東亜戦争では、なぜ日本軍の白人追放だけが侵略なのか説明できない。実際には西欧植民地支配の代理人・華僑を粛清して東南アジアで歓迎され、アジア各国の独立に日本人義士たちが命を捧げ、大東亜戦争でアジア民族の独立に自信と力を与えた。アジアの共存共栄から日米最終戦争は回避できなかったが、やはり日本の自存自衛の戦いで、ずっと続けた和平努力が実らなかったのは誤算であった。
戦後人民解放軍の台湾侵攻を金門島で見事に食い止めたのは実は根本博中将の機略であり、日本軍が去ってアジアには再び内戦の嵐が吹き荒んだ。靖国神社参拝に関する外国の批判を日本は受け入れるべきではない。又教科書干渉への甘受は日本政府の死に至る病である。日本にはびこる一国平和主義と念仏平和主義は、浮き世離れした誇大妄想であり、平和ボケの愚かさであり、日本人はもっと自国の歴史に自信を持つべきである。
参考文献:日清戦争〜太平洋戦争まで 捏造された日本史 ◎日中100年抗争の謎と真実
黄文雄著 日本文芸社 1997-08 1200円+税 大田図書館 210.6 コ
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