歴史道楽

 
 

80    戦争体験と戦後思想の検証
更新日時:
2004/10/28 
 
 1990年代の日本では、戦争責任や歴史をめぐる問題が論争となり、又並行して憲法と自衛隊海外派遣の関係、「日の丸・君が代」などの問題についても論争が発生した。更にいわゆる「少年犯罪」や「官僚腐敗」といった問題から、「公」や倫理のあり方を巡る議論も盛んに行われた。
 
 これらの議論に対して、下記参考文献の著者(1962年生まれ)は、「言葉」が時代と共に通じにくくなっていることと、議論の前提としている「戦後」認識が誤っているケースが多いと指摘している。少なからぬ論者が「戦後の日本」を批判し、「戦後民主主義」の「言葉」の無効性を指摘するが、実はそう論じる当人が「戦後の日本」も「戦後民主主義」についても多くを知っていないと感じられると批判している。
 
 そのような観点から、著者は戦後日本のナショナリズムと「公」にかかわる言説が、敗戦直後から1970年代初頭までに如何に変遷してきたかを検証している。すなわち、丸山真男、大塚久雄、竹内好、吉本隆明、江藤淳、鶴見俊輔、小田実など、主だった戦後知識人の生い立ちからその思想を検証し、憲法や講和問題、戦後歴史学、戦後教育、安保闘争、全共闘運動といった領域まで視野に含めたため、全部で966頁という膨大な著書となっている。これらの中で特に共感を呼んだ部分と批判的な部分について感想を述べる。
 
 戦後思想を語ることは「「日本人」にとって戦争の記憶は何であったか」を語ることと殆ど同義である。ところが戦争体験というものが、国民共通の経験のような印象を与えていながら、実は世代や階層、さらには個人によって相当に異なっていたという事実がある。
著者は敗戦時に20才前後(16〜20才)を「戦中派」と称し、吉本隆明、三島由紀夫、橋川文三を代表としてあげている。又敗戦時に30才前後の丸山真男や竹内好を「戦前派」とし、より年少の10才前後の江藤淳や大江健三郎を戦後派と称している。又敗戦時から1954 年までを貧しかった「第一の戦後」、その後の10年を「第二の戦後」と称している。
 
 私自身戦中派であり、確かに年代により戦争体験がかなり異なるし、戦後の1950年に就職して、戦地帰りの多くの先輩と接して、人により戦争体験がかなり異なることを痛感していた。又最近でも少し年代が若いと、考え方にかなり相違があることが実感され、現代の戦争を知らない世代の、もちろん一部ではあるが、マスコミを含めた軽佻浮薄な言動には常々顰蹙を覚えている。勿論戦中派のみを正当化するつもりはないが、日本人として、又日本国民としてできるだけ正しい歴史認識を共有できるよう努力が必要であると痛感している。そのためには、現在も行われている、国家意識をあえて阻害するような、他の国では考えられないようなひどい基礎教育に対しても、我々の年代がもっと関心をもって提言し修正してゆくことが必要であると考えている。(例えば、小学校でまともな歴史教育が行われていないなど)
 
 も一つは文学系知識人の言説を取り上げているが、戦後かなりの期間海外渡航が自由化されていなかったこともあり、又海外の図書も自由に見ることができなかったこともあり、非常に視野の狭い議論になっている。戦後の貧しい時期に、崩壊した日本経済の立て直しのために、産業界では必死の努力が払われたが、そのような側面を全く無視し、あえて言えば無為徒食の徒の言説のみとりあげることに違和感を感じる。広く世界の、しかも古今の歴史をふまえて、冷徹な現実をみつめることなく、徒に感覚的、感情的な議論をしても無意味である。ロシアに北方領土をとられ、韓国に竹島を占拠され、中国に尖閣諸島を狙われている今日、冷静な判断と共に断固として主権を守る行動の一致が必要と考える。
 
参考文献:<民主>と<愛国>戦後日本のナショナリズムと公共性
小熊英二著 新曜社 2003年1月31日初版第4刷発行 6300円+税
 


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