歴史道楽

 
 

88    「現代史の争点」から見た秦郁彦氏
更新日時:
2004/11/10 
 
 1998-5-20第一刷で秦郁彦著「現代史の争点」が文芸春秋より発刊された。内容は@南京事件と慰安婦問題、A家永裁判と教科書論争、B太平洋戦争と歴史認識、C情報公開とプライバシー、となっている。又巻末の著者略歴によれば、昭和7(1932)年山口県生まれ、31年東京大学法学部卒業、ハーバード大学、コロンビア大学留学、大蔵省財政史室長、プリンストン大学客員教授、拓殖大学、千葉大学教授を経て現在は日本大学法学部教授。法学博士となっており、著書に「昭和天皇五つの決断」、「南京事件」、「太平洋戦争六大決戦」、「八月十五日の空」、「日本人捕虜−白村江からシベリア抑留まで」、「廬溝橋事件の研究」などがあり、「昭和史の謎を追う」上下(文芸春秋)で1993年度菊池寛賞を受賞している。
 
 今まで色々な角度から歴史を調べていると、南京事件を初めとして時折秦郁彦氏が登場し、一時歴史学会を席巻した左翼ではなく、かといって右翼でもなく、できるだけ中庸を保つように努力しているように見えた。そこで「現代史の争点」から秦郁彦とはいかなる人物かに興味を覚え、彼の著述から彼の人物像を追求してみることとした。
 
 まず第一に彼の履歴から、終戦時は中学に入ったばかりの戦後派であり、そこに一つの特徴的立場が見られる。又学歴も法学部出身の法学博士であり、純粋の歴史家ではないことが示されている。しかし著書は現代史に関係するものが多く、これが趣味なのか、専門とどう関係するのかはよく分からない。
 
 1997年5月に筑波大学で開かれた日本国際政治学会は「近現代史の虚像と実像」というパネル討議を企画し、そこで秦氏は昭和戦争史の中で実像と虚像の混交が甚だしく、今もホットな論争が続いている「未決着」の四大事件(廬溝橋事件・南京虐殺事件・細菌戦の七三一部隊・慰安婦問題)を選び、次のように争点と盲点を報告した。( )内は秦氏の私見である。
A廬溝橋事件(1937)
   @第一発の犯人は中国軍か日本軍か(中国軍)
   A計画的か偶発か(偶発)
   B中国側は現場大隊長の証言記録を黙殺している
B南京虐殺事件(1937)
   @犠牲者は4万か20万以上か(4万)
   A犠牲者数を確定できる可能性はあるか(ノー)
   B虐殺の内訳を合計しても総数と一致しない
C731部隊(1933--45)
   @細菌兵器は実用兵器として完成したのか(ノー)
   A731のノウハウを他国はどう利用したのか
D慰安婦(1937--45)
   @官憲による「強制連行」はあったのか(ノー)
   A生活条件は平時の公娼制より過酷だったか(ノー)
   Bなぜ名乗り出る日本人慰安婦が皆無なのか
 これらの事件に対する論点では私も秦氏の意見に同感である。
 
 東条英機の「戦争責任」に関連して、戦争責任をめぐる論議はたえず蒸し返されてきたが、開戦責任だけが問題とされ、本来の意味での敗戦責任を問う視点はすっぽり抜け落ちてしまった、と述べているが、私としては単なる指導者の敗戦責任というだけでなく、戦争の総括が行われていないことを問題とすべきだと思っている。
 
 それよりも簡単に決着がつきそうもない論点は棚上げするとして、@東京裁判の合法性、A東京裁判史観の適否、B靖国神社の性格論、C首相参拝の是非論、DA級戦犯合祀の責任の所在(厚生省か靖国神社か)、を挙げている。これらはいずれも過去に膨大な論争の歴史があり、専門家が入っても水掛け論に終わっているものばかりであり、Dに至っては裁判所の力でも借りないと事実関係すら確定できぬ迷路になっているとしている。しかし現代史の専門家を自称するなら、これらの問題に対して棚上げせず、論旨明快に回答して欲しいと思うし、又それは可能であると思う。
 
 更に太平洋戦争を理解するキーワードとして、十五年戦争、日中戦争、太平洋戦争などの用語を使っていることに違和感を覚える。やはり戦後派だからであろうか?大体日中戦争とは支那事変であり、満州事変と支那事変とは不連続であり、十五年戦争など存在しない。更に太平洋戦争とは米国の呼称であり、英国は極東戦争であり、日本は大東亜戦争と命名したもので、当事者である日本の命名を無視して、左翼や米国が勝手につけた名称を持ち出すことには賛成できない。このあたりに秦氏の限界があるのではないかと感じた。
 
                  < おわり>


| Prev | Index | Next |

| ホーム | プロフィール | コラム | 歴史道楽 | 異文化探訪記 | What's New | リンク集 | フォトギャラリー |
| 掲示板 | | | フォト・シチリア・マルタ | フォト・ミャンマー | フォト・英国 | フォト・アメリカ西海岸周遊 |


メールはこちらまで。