死者の霊を祀るというのがそもそもの日本人の信仰の基本であった。死者の霊を祀るということは、つまり先祖崇拝のことである。仏教伝来以前の時代にはどうであったか、は「万葉集」の挽歌をみるとわかるというが、人が死ぬと、魂が山に登ると信じられていた。山の頂はいつの間にか死者の魂の憩うところとされるようになった。これが神道的な来世観で、そこからやがて、死んだ先祖の魂が山や森に宿って神になる、という信仰を生むことになる。
そこへ、仏教が伝来してきた。仏教では浄土が西方十万億土の彼方に存在する、というインドの浄土教がもたらされた。しかし日本列島人はこのような抽象思考にはなじめず、しかも死者の魂は山に登るという神道的来世観がすでに出来上がっていた。日本では死者たちは既に山に鎮まって神になっていた。
新来の仏教は、以上のような神道的な世界観の上に静かに軟着陸すればよかった。山の頂こそ浄土であると観念して、死者はそこに登って往生する、すなわち「仏」になると考えた。死者の魂が神であり、同時に仏である、という信仰がこうして成立した。このような文化の融合現象を演出したのが、日本列島に固有な風土で、ユーラシア大陸の砂漠と違って、豊かな山と森に恵まれた自然の景観であった。
以上が我が国における神仏信仰の原型で、死者の魂を神や仏と同一視してきた先祖崇拝の特色である。このような信仰の伝統が、やがて死者はすべて「ホトケ」という思想を孵化させた。これはもはや単なる神道的な神でもなければ、仏教的な仏でもなく、神仏習合的な「死者ボトケ」であり、それに対する崇拝が、先祖の霊に対する慰撫・鎮魂の儀礼として発達した。その慰霊の伝統は、中世・近世を通して変わらず、今日の「靖国」参拝問題の根底にも流れ続けている地下水のような信仰である。それが、この日本列島における「民」の信仰の常識であった。
ところが明治維新となって、突如国家が強引に「神仏分離」政策をとり、「政教分離」政策をとった。第一の「神仏分離」は、神も仏も、という神仏習合の伝統的観念が、神か仏かの何れかという西欧基準の二者択一の理念にとって代わられ、その強制が千年にわたる日本列島人の信仰の在り方を根底から覆そうとする、上からの改革であった。第二の政教分離は複雑な経過をたどり、伝統的な神道儀礼を「万世一系の天皇」という観念と結びつけ、それを国家の基盤を支える精神原理に据えようとした。伝統神道のキリスト教化、一神教化の試みとも言える。ただそれでは政教分離の原理に反するので、政府は苦肉の策として、神道の祭祀儀礼と宗教性を分離し、「祭祀」そのものは「宗教」ではないということにしてしまった。このため日本の神道は非宗教的な人工神道への道行きが始まった。
しかし、昭和20年12月15日、アメリカ占領軍は神道指令として「国家神道の廃止」と「政教分離」を断行した。このため天皇を神とする思想も否定され、天皇の「人間宣言」が発布された。同時に国家神道の頂点をなした伊勢神宮も宗教本来の姿に復帰させられることとなった。同様に靖国神社の「祭祀」にも適用されなければならない時代が訪れた。
ここに小泉首相の靖国神社参拝の問題と福田前官房長官の私的諮問機関が報告した「無宗教の戦没者追悼」が問題となる。まず後者の場合、死者の追悼というものは、形式の如何を問わず、本質的に宗教的な行為であり、無宗教の追悼はあり得ない。従って無宗教の戦没者追悼はナンセンスである。前者の問題で、A級戦犯が祀られていることは、東京裁判が国際法違反であり、昭和28年国会決議で名誉回復したので国内的には問題ないが、政教分離の原則に触れるかどうかの問題は、憲法と対比して検討を要する。
現在の日本国憲法では、宗教問題に関係するのは下記第20条である。
第二〇条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から 特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
A何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
B国及びその機関は、宗教教育その他如何なる宗教的活動もしてはならない。
以上の憲法からみて、問題はBの解釈となるが、首相が靖国神社に参拝することは、日本人としての伝統的信仰に基づく宗教的行為ではあるが、宗教的活動というのはいささか本質を外れた強弁のように感じる。どこの国でも、例えば大統領の宣誓にキリスト教的行為が常識的であるが、これを宗教的活動とは言わない。宗教教育にしても、特定の宗教を強制的に教育することは良くないが、世界各地の宗教がどのようになっているか等の宗教に関する教育は当然行うべきである。信仰や価値観の違いを理解せずして世界に生きることはできない。従って上記憲法の条文も常識的な解釈が必要で、それができなければ、条文をもっと分かりやすく改正すべきである。何れにしても首相の参拝は小泉首相が初めてというわけではなく、憲法上禁止されているとは思えない。問題は中国の内政干渉的な的はずれの抗議であって、我が国の伝統に対しての干渉は断固として拒絶すべきである。
所で1995年1月に阪神大震災が発生した時、家を焼かれたり壊されたりした人びとに向かって、「悲しんでいる人たちは幸いである。あなた方は慰められるであろう」というような聖書の言葉を持ち出すキリスト教徒がいたであろうか。「人生は苦である、執着を断ちなさい」という仏教徒はいなかったに違いない。「仏の慈悲にすがりなさい」とあえて口にする僧侶がいたら、恐らく頬げたを殴られたであろう。これは「仏典」や「聖書」の言葉が、今日本当に苦しみ悲しんでいる人々の心に届かなくなってしまった、ということである。「言葉の宗教」がかつてもっていた輝きを失ってしまったのだと思われる。
このことは、日本においても、宗教的ニヒリズムが行き着く所まで行ってしまったということなのであろう。日本人の神や仏が死んでしまったという程度のことではない。日本の宗教そのものが終焉を迎えつつあるということなのであろうか。いや、単に日本の宗教の終焉だけではなく、世界的に歴史的宗教そのものがそろそろ賞味期限を迎えつつあるということなのかも知れない。
以上は、憲法解釈の部分を除いて、下記文献の一部を参考としたものである。
参考文献:山折哲雄著「さまよえる日本宗教」中公叢書 2004年12月20日B
蒲田駅前図書館 162 ヤ
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