小泉首相がかねてから主張している終戦記念日における靖国神社参拝に対して、中国や韓国は戦犯を合祀しているので認められないと批判し、朝日新聞をはじめ自由党以外の各政党もこれに便乗している。小泉首相は虚心坦懐に熟慮して判断すると言っているが、果たしてどのような結果となるであろうか?
国際社会の常識として、死者を弔う宗教活動にまで外国から口だしされて、唯々諾々と言うとおりにする独立国があるであろうか?イスラム国家ならばただでは済まず、発言するだけで宣戦布告とみなされよう。中国や韓国が騒いでいるのは国内に問題があるからであり、又日本が内政干渉に明確に反論しないために図に乗っているだけである。
又中国や韓国の意に反したら、日本はアジアで孤立するのではないかと思っている日本人が多いが、アジアの中でおかしいのはむしろ中国と半島であり、日本がいつまでも謝罪外交をしているのはみっともないとマレーシアのマハティール首相に窘められた事を忘れたのであろうか?
教科書干渉問題と同様、近代化に乗り遅れた中華帝国と、小中華と思っている半島では、歴史認識が日本とはまるで違う。中華思想とは彼等が世界の中心であり、周囲の国々は属国であるという認識である。従って属国であるべき日本に乗り込まれた恥辱は、あらゆる手段を講じても払底する必要があり、彼等は常に自分たちは正しい歴史認識であると思いこんでいる。ところが少し長い目で見れば、彼等の歴史は捏造であり、常にころころと変わっている。批林批孔運動が起きれば孔子は突然悪人となり、歴史家は孔子を悪人として批判しなければたちまち地獄に落とされる。ところが今では孔子の故郷の曲阜では観光名物で孔子祭をやっている。孔子を大悪人と批判した連中は一体今はどうしているのであろうか?
たしかに地理的に中国や韓国は日本に近く、しかも漢字を使ったりしているので、同文同種だと思いがちである。しかし文化的にみると、日本海で少し隔たっているだけではあるが、ユーラシア大陸と島国で文化的には全く違う面がある。従って世界観も生死観も異なってくる。この文化的相違に関して、認識の甘い人が多いのは問題である。
中国は生存競争の厳しい大陸で、人間関係は常に「共に天を戴かない」敵味方の関係にあり、恨み辛みが世間に満ちて渦を巻いている。敵に対しては生きてその肉を食らい、その皮で眠ることをしなければ、死後もその魂を食らうというほどの激しい憎悪を抱く。古代からの史書にこのような行為は記録されており、仇討ちは99代の子孫の代まで続くのが崇高な精神とされている。「勧善懲悪」の儒教精神でいけば、「恨みを以て恨みに報いる」という復讐主義を鼓吹するのが正統なのであり、小中華の半島でも同じである。
これに対して古来日本の文化では、「山川草木悉皆成仏」という思想がある。死体にむち打つという大陸文化に対して、死者に寛容といたわりをもって考える日本の文化は、この列島にしか育たなかった崇高な文化であり、むしろ人類にとって貴重な財産である。過去に拘泥せず、すべて水に流すという文化もそうである。これからの世に最も必要とされるのは、このような平和列島の精神ではなかろうか?
戦没者の霊を慰めるのは各国の慣例である。戦勝国から国際法に基づかぬ軍事裁判で戦犯として処刑された霊まで合祀する靖国の精神は、日本人が誇るべき死者へのいたわりの精神であり、世界が学ぶべき文化の一つであると考える。国交がある以上、近隣諸国の国政や文化、教育を尊重するのは、現代国家として最も基本的な姿勢であり、常識であり、礼儀である。それを何かにつけてくちばしを挟んでくるのは国家としてとるべき態度ではない。小泉首相には堂々と初心を貫いて靖国神社に参拝して貰いたい。
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