かつての日本は、江戸時代以来の「勤労革命」により、経済発展を遂げてきた。現在の日本は経済面では世界的にトップクラスにあるが、バブルの崩壊後、金融機関は不良債権を大幅に抱え、経済成長率が低迷するだけでなく、株価も下がり、失業率も遂に5%に達し、将来展望が甚だ暗い。更に社会面でも母親が実子を虐待して死に至らせたのを筆頭に、外務省をはじめ警察、司法にいたるまで不法事件が続出し、モラルダウンが激しい。
小泉内閣は聖域なき構造改革を主張しているが、廃止または民営化を前提とした特殊法人改革に対して、官僚の族議員を使った反対運動が露骨になりつつある。そしてこの10年、借金をふやすばかりで全く効果のなかった景気対策の声が上がりつつある。なぜこのような事になるか? 理由は極めて簡単で、要するに先進国は「知識の付加価値」でメシを食う時代になったのに対し、官僚組織をはじめわが国の90%の産業が今や時代おくれになったからである。
日本がここまで経済力をつけたのも、別に政府がやったわけではなく、1980年代まで民間のGNPでいえば僅か13%程度の産業が国際競争力を発揮して引き上げたもので、政府や政治家は単にばらまきをやっていただけだという極論もある。従って苦労もせずぶら下がっているだけで所得が上がった層が多いため、冷戦終結後の市場経済ボーダレス時代に入って、単なる過去の延長で立ちゆかなくなったものである。
従ってこれからの国際競争に勝つためには、あきらかに「官から民え、中央から地方へ」の流れを加速し、大幅に規制を撤廃し、市場を開放して、民間の創意工夫を一段と高める必要がある。例えば規制を撤廃して欧米に劣らぬ美しい町作りを進め、世界から人、企業、資本を呼び寄せることも可能であり、日本では規制のため住宅の建築費が坪あたり50〜60万円するが、オーストラリアあたりでは6万円であり、このような低価格で住宅が建築できるようになれば、建て替え需要で大建設ブームになることは請け合いである。
徹底的に規制撤廃すれば、中央省庁も殆どいらなくなる。勿論国家として安全保障のため必要な部分はあるが、大半の行政は地方でやって行ける。現に世界を見ても先進国で日本のような中央集権の国はなく、殆どが地方主権の連邦制である。スイスみたいな日本の北海道位の面積の国ですら連邦制である。この場合、現在の都道府県では単位が小さすぎる。今の地方単位くらいに州を作り、国→都道府県→市町村という非民主的・中央集権・統治組織を、国←州←市町村という民主的・地方主権・連邦組織に変更し、個人も含めて自立・自助を原則とし、行政はできるだけスリム化し、自由空間で民間の知的創造力活動を増進させれば、日本は再び立ち直ることが可能である。
日本が今までのような中央集権・弱者救済を標榜するばらまき分配政治を続ければ、インド型の「貧困の分配」に陥ることも間違いない。社会主義も20世紀の大実験を経て失敗に終わった。ケインズ経済学もボーダレス時代には全く効果がないことも明らかになった。景気は自動的に繰り返すものではない。明るい未来は誰かに与えられるものではなく、手順良く市場開放して、民間が創造的に獲得すべきものである。政府は邪魔する事は出来ても、未来を創造する力がないことは、歴史的にも、又この10年の実績からも明らかである。カネはあるし、技術もある。日本は見方によってはこれほど事業機会に恵まれた国はない。教育、市場開放、地方主権を断行すれば、日本の未来は極めて明るいものと確信する。
参考:「勝ち組の構想力」大前研一・田原総一郎共著 PHP研究所
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