たまたま「歴史教科書の歴史」を読んだ所で、下記の本を読み、下記の講演を聴く機会があり、いろいろと感ずる所があった。
*読書「韓国と日本・歴史教育の思想」 鄭在貞著、すずさわ書房
*講演「私が考える日本社会と文化」呉善花氏 日本工業倶楽部第1171回木曜
講演会
鄭氏は日本にも留学した歴史教育学者で、韓国と日本の歴史教育について論じたもので、世界的にみると、小学校から中学校、高校と同じものを繰り返し教える点など似ている面があるのだそうである。
韓国は植民地から解放されて国家建設のため、極めて愛国主義的な歴史教育を続けてきたが、発展段階に応じて視野を拡げるために教育改革が行われようとしているが、このため国史教育が軽視されれば、肝心の世界化に逆行すると著者は批判している。
ただ近現代史の教育は韓国でも悩ましく、「近現代史波動」と称する左翼偏向の批判騒動もあったようである。ただ著者は客観的立場で論じようとしているのは分かるが、東京裁判史観にどっぷり浸かっており、日本人からみると、かなり自虐史観の裏返しと思われる表現が多い。日本が統治していた時代の記述には反日的言辞が多いが、奇妙な事に戦後の日本についてはあまり触れられていないようである。
一方、日本の歴史教育についてもよく調査しているが、古来日本は韓国を軽視していると批判している。隣の国であり、古来交流もしばしばあったが、どうもしっくりと噛み合ってこない面がある。それはやはり基本的な文化の相違があるからであろう。
その点呉さんの話は大変印象的であった。彼女はすでに在日18年になるそうであるが、日韓文化の違いをご本人の体験から紹介された。
まず第一が儒教の影響である。儒教には上下のしばりがきつく、昔韓国に行った時の話では、親の前で酒を飲む時は、顔を横に向けて飲むという話を聞いたことがある。日本にも儒教は入ったが、同じ儒教でも韓国では「剛」、日本では「柔」の印象がある。日本では身内には敬称を使わないが、韓国では身内であっても敬称を使うので面食らうことがある。
よく言われることであるが、韓国人は「濁音」の発音が苦手である。従って彼等の話が少し激してくると、我々には物凄い喧嘩をしているように見えてしまう。さらに文法的に受け身形が韓国人には使えず、直接話法になってしまう。一寸良い例が思いつかないが、よくある話として、日本語で謙遜して「**させていただきます」という表現が、韓国では「**して差しあげます」となり、一瞬奇妙な感じになってしまう。
韓国で反日教育をうけて日本に来ると、全然話が違うことに気がつき、日本に対して好意を持つようになる。ところが2年から5年くらい滞在すると、あれほど親切だと思った日本人が、意外と心を閉ざして中に入れず、この間日本の悪口を散々言いふらすようになる。韓国でベストセラーになった本などでこの範疇に入るものがある。それ以上滞在するとようやく日本人とまともなつき合いができるようになるとの呉さんの話であった。
この話を聞いて思い出したのが、日本人は「性善説」で、西洋をはじめ大概の国は「性悪説」であるというショッキングな事実である。大東亜戦争が侵略戦争であったと信じている人が多いなど、日本人はやはり典型的な性善説でお人好しの島国人であると痛感する。
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