コラム


42    亡国への道・天動説をぶっ潰せ
更新日時:
2002/02/19 
 前野徹著「第四の国難−日本崩壊の地鳴りが聞こえる」扶桑社 01-06-20 1500円を最近読んだ。著者が同年代でビジネスマン出身ということもあり、共感する所が大であった。
 
 標題の第四とは、蒙古襲来、明治維新、敗戦に次いで、現在が第四番目の国難であるという認識である。戦後の日本人は民族の汚名を雪がず、政治・外交・行政・防衛は米国依存から脱却できず、マスコミは占領中に植え付けられた自虐史観から未だに覚めず、憲法すら自分で作れず、国際競争力はあっと言う間に21位に転落し、日本経済は米国金融勢力に乗っ取られ、道義は地に墜ちて惨憺たる状況であり、日本人でありながら日本人の自覚を喪失した無日日本人が増大し、ボーダレス時代には国は不要と錯覚したり、米国の51番目の州でよいと思ったりする無遊病者が現れ、大東亜戦争の犠牲者300万人余の霊魂を宙に浮かせているのは明らかに亡国の足音である。
 
 大東亜戦争の末期から占領中にかけて、著者の表現によれば、日本民族は三つの原爆(火の原爆、氷の原爆、心の原爆)を体験したという。実際の原爆は広島、長崎の2回であるが、これは火の原爆であり、この原爆投下にもまさる甚大な被害と後遺症をもたらしたものが二つあるという。一つは「氷の原爆」シベリア抑留で、火の原爆死没者が約30万人に対して、ソ連による抑留日本人は105万人であり、虐殺されたものは37万人を超える。更に満州でソ連軍は無法の限りをつくし、在留邦人にとっては生き地獄であった。
 
 最後の三番目の心の原爆とは、後遺症という面では前二者よりはるかに被害が大きいもので、極東軍事裁判(通称東京裁判)である。東京裁判で日本無罪論を主張したインドのパール判事は、かつて訪日したおり、「東京裁判で何もかも悪かったとする戦時宣伝の扇動が、これほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。東京裁判の影響は原爆の被害より甚大だ」と嘆かれた。東京裁判史観は今なお自虐史観となって猛威をふるっており、まるで中世の天動説のように、マスコミ、政界、官界、教育界を風靡している。
 
 大体大東亜戦争を侵略戦争と断ずるのが歴史認識の間違いのもとである。20世紀は白人によるアジア侵略の世紀で、当時アジアでの純独立国は日本位のものであり、米国の人種差別政策は数知れず、人種差別主義者ルーズベルトが謀略的に日本を戦争に引き込んだことが明らかにされている。又国際法無視の東京裁判を指示したマッカーサー自身が1950年10月トルーマン大統領に「東京裁判は誤りだった」と告白し、更に1951年5月3日にはアメリカの軍事外交の最高審議権を持つ米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会で「日本が第二次大戦に突入した理由の大半は安全保障だった」と明言し、「大東亜戦争は侵略戦争などではない」と認める発言をした。
 
 1952年4月28日講和条約が発効し、日本は占領状態から解放され、晴れて独立国になったが、歴史教科書にもこの史実は明記されず、マスコミ(特に共同通信、朝日、毎日、NHK)は依然としてGHQの検閲基準を守り、近隣諸国の国策に加担し、憲法・教育基本法の改正を阻止し、反日キャンペーンに興じている。又戦後の民主主義をはき違え、歴史や伝統、先祖、社会の成り立ちといった縦軸を無視し、個人の権利ばかり主張する「横軸」に終始してきた。このため我々の先人たちが血と汗と涙で築き上げ継承してきた、礼節を知る心、勤勉性、忍耐心、公徳心といった日本人の心と魂は、欲望横軸民主主義、悪平等無責任主義、問題先送り主義などによってすっかり排除されてしまった。
 
 戦後を支配してきた東京裁判史観=自虐史観は日本をつぶすための手段であり、典型的な錯覚の天動説である。亡国を避けるためには、コペルニクス的転回で、天動説をぶっ潰し、正しい歴史認識に基づいた地動説、縦軸派に国民の意識を改革することが緊要である。


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