今時旧制高校などに郷愁を感じているのは、ほぼ72才以上の男性に限られていると思われるが、偶々学士会の午餐会で題記講演があった。演者は旧制一高最後の卒業生で、昭和29年経済学部を卒業し、元慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授の森川英生氏である。
戦後GHQの指令で教育改革が行われ、学制として6.3.3.4制が強制され、旧制高校は消滅させられたと簡単に考えていたが、実態はそれほど簡単なものではないようである。当時の私立や公立の高校は4年制大学に転化したが、官立の高校は4年制大学への転化に失敗して、旧制高校の歴史の継承が果たせず滅亡したのだそうである。
一高の場合、天野校長は独立を主張したが、東大、一高教授会、文部省が独立に反対し、特に文部省の力が大きかったようである。理由は財政負担をなるべく小さくするためで、旧帝大のある所では旧制高校は教養課程として合併し、その他の地区では旧専門学校、旧師範学校などと合併して駅弁大学となったそうである。
時期的には、1946年4月に米国教育使節団の報告書が出て6.3.3.4制が打ち出され、一高では東大と47年6月に新制大学設置準備委員会が始まり、旧制高校の課程を新制大学に取り入れることになり、47-12-26合意、48-1-27承認となったようである。最終的には1950年3月に旧制高校はなくなったそうである。
旧制高校廃止方針の情報は秘匿され、秘密裏に準備が進んだため、高校生には当初知らされなかった。途中から情報が漏れたが、負け犬意識があったり、何とかなるという依存心があったり、日共が日常の民主化に埋没していて高校生の反対運動は不思議なことに全然起こらなかったという。ただ当時を思い起こすと、既に大学に入っており、負け犬意識という感じではなかったが、反対運動の仕方をまだよく知らなかったと感じる。
旧制高校の3年間は、知的・教養的自己鍛錬、充実した外国語教育と歴史・哲学等の一般教養、それに親元から離れた自治領制度に特色があったが、更に1年専門教育のガイダンスを加えれば、ハーバード大学や英国の大学のようなリベラルアーツの大学となり、専門教育は大学院で行えば教育効果は絶大である。
1949年以降、新制大学はワンパターンの専門大学として、画一的管理で専門教育が重視され、反面教養科目が軽視され、20数課目も強制されて一方通行的マスプロ的授業によりひたすら専門性の追求が行われている。これらはリベラルアーツ大学が日本にないための歪みとも言える。
更に現在の専門大学の批判をすれば、教養教育を専門教育の付属物化し、教養の欠落はもはや限界を超えている。又専門教育も大局的でなく、ごく狭い分野か資格取得の何れかであり、授業が学生の理解を超えているため、授業中の私語がひどく、教師の話を熱心に聞いているのは総数の1割くらいに過ぎないという惨憺たる状況である。
このような現在の大学の荒廃を見るにつけ、旧制高校を廃止せずにリベラルアーツ大学にしておけばよかったとつくづく残念に思うとの話であったが、我々も一寸そこまで気が廻らなかったのを甚だ残念に思う。
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