スイスの国際経営開発研究所(IMD)の発表によれば、日本の国際競争力は1989〜1993には世界のトップであったが、94年から急低下し、2002年には49ヶ国・地域の中で、実に30位でアジアの中でもシンガポール、台湾、韓国に抜かれ、中国に追いかけられているという。尚世界経済フォーラムの発表では2002年に日本は13位であり、日本経済研究センターの発表では2000年に日本は16位であったという。
丁度現役時代の最後である東芝プラント建設の社長をしていたのが1988〜1991年で、長年の努力と夢がかなって、日本の国際競争力が世界のトップになったのであるが、その後の10年間でどうして日本は大きく順位を下げたのか、極めて大問題であるにも拘わらず、マスコミも小泉改革か反小泉かという低調な論議に終始して、本件をまともに取り上げていない。そこでインターネットで原因調査を試みた。
簡単に言えば、時代の進展と共に、IMDは評価基準を変えているようである。従って10年以上前には日本は世界の最先端を行っていたと思われている。しかしその後の世界の変化に対して、はっきり言って日本は遅れているということのようである。日本の学者の言い分では、かつては品質・原価・納期(Q・C・D)が大事で、その点では日本は最も優れていた。しかし今はイノベーション即ち技術革新がより重要となった。その面で日本の競争力は残念ながら後塵を拝していると評している。
しかし私から見ると、日本の学者は実際に国際競争に身をさらしたことがあるかを問いたい。長年国際競争に身を置いてきたものとして、QCDと共に技術革新が最も重要であるのはそれ以前から公知の事実であり、新しい付加価値を創造することが国際競争で優位に立つ基本条件である。そして国際競争に勝たなければ経済団体の存在意義はない。日本の国際競争力が落ちたということは、国際競争に耐えない経済団体が増えたということではないかと思われる。
もともと日本の産業界でも国際競争力のある業界は数少なく、僅かに自動車、電機、機械等の業界で、GNPからみれば13%に過ぎないという説もあった。それらの業界の努力で輸出が増え、円が高くなり、一時は1ドルが360円から80円にもなった。ところがバブルの崩壊と共に、景気対策と称する政府関連の特殊法人等の経済行為が異常に増大し、無用な公共工事と共に、経営不在の市場経済と無縁の経済団体が著増し、日本の市場経済は完全に破壊されてしまった。つまりこの十年で政府は弱者救済の名の下に日本を異常に社会主義化し、巨大な財政赤字と共に日本経済を破滅に貶めている。又国民も自ら努力しないで経済再建を政府に依存するものがいるが本末転倒も甚だしい。
丁度日本が国際競争力で世界No.1だった頃、世界では社会主義が崩壊し、東欧革命、東西ドイツ統一、ソ連邦消滅という事態が発生した。日本がある程度のレベルの生活を維持するには、国際競争に勝たなければ実現しないのは宿命的なものである。弱者救済と称して税金やそれでも足りなくて借金してばらまきを行うことは許されない。生産性の低い経済行為はやってはいけないものであり、単に日本国内だけでなく、世界的に見て価値のある事業を目指さなくてはいけないのである。デフレとは言っているが、日本の物価が高いのは、生産性の低い分野が保護されているからである。あくまで市場経済の回復を目指して、官制経済を全廃し、国民がぶらさがりではなく、自立の原則で新しい価値の創造に努力することが必要であり、それが国際競争力回復の道でもあろう。又日本人にはそれを達成する可能性があると確信する。
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