コラム


92    人間とは如何なるものか
更新日時:
2004/08/08 
 
 「いま大人に読ませたい本」の中で、必読書として渡部昇一が第一に挙げたのが、ノーベル生理学・医学賞を受賞したアレキシス・カレルが、人間の可能性とその未来を生理学的・哲学的に考察した「人間・この未知なるもの」である。
 
 図書の構成は八章からなり、@人間とは何か−その多様な資質の未来、A「人間の科学」−分析から総合へ、B行動する肉体と生理、C創造する精神、D人生の密度と「内なる時間」、E適応の構造、F「知的個人」の確立、G人間復興の条件、となっている。
 
 著者が具体的に指摘する通り、「人間」の中には広大な「未知の世界」がある。物理学、天文学、化学、機械学等の素晴らしい進歩に比べて、「人間の科学」が著しく遅れているのは、祖先に暇がなかったのと、人間が複雑でありすぎるのと、我々の心がそれに向くように出来ていない為と思われる。全ての科学の中で、「人間の科学」が一番難しい。現に衛生学者や医師は、もっぱら伝染病に注意を集中してきたが、神経の病気とか精神薄弱のようなものがずっと増えている。又フランスやアメリカで教育機関が増えているのに知的水準は低く、政治的指導者たちが知的、道徳的に劣っていて無知なことが現代国家を危機に陥れている。
 
 今まで人間に関する科学は、人間の特定の面における活動に限られている。教育、政治、社会経済の研究ばかりでなく、生理学、衛生学、医学でも、主として人間の器官、体液、知性の面の研究に集中している。科学者は、人間の感情や精神の形態、内面生活や性格や美や宗教を求める心、肉体的、心理的行為の一般的基盤や、人間とその知的、精神的環境との密接な関係などには、あまり大きな注意を払っていない。そこでどうしても抜本的な変革が必要である。それには、人間の肉体と精神に関する専門的知識を求めて研究に励んでいる科学者と、そのような専門家の発見したことを、全体としての人間の機能という点から総合できる科学者との、両方の力が必要である。つまり分析と総合の両方が要る。
 
 人間には環境の変化に適応する生得の能力がある。又身を逆境に置くことにより強靱な精神や肉体を作ることが可能となる。逆に繁栄と近代的機械、或いは失業によって生じた怠惰という重大問題を全く解決していない。科学文明は、暇を人間に押しつけることによって、人間に大きな不幸をもたらした。癌や精神病と闘っても勝ち目がないように、怠惰と無責任によって起こる結果とも闘うことはできない。文明の目的は科学と機械の進歩にあるのではなく、人間の進歩にある。
 
 いわゆる「人間」というものは、自然界のどこにも見当たらない。いるのは各「個人」だけである。医者が成功するかどうかは、知識ばかりでなく、各人をそれぞれ異なった個としている独自の性質を、いかにうまく把握できるかにかかっている。又現在人間が弱体化したのは、個性を認めないことと、人間が如何に出来ているかについて無知であることの二つによる。力強く剛胆な「個」の確立を計るべきである。
 
 現代はやや物質面に比重がかかっているが、精神面を重視して調和を計る必要がある。自己成長には「孤独な鍛錬」が必要であり、厳しい自然環境の中で心身を鍛えることが大事である。特に老化防止をはかるには、中・高年期こそ厳しい規律鍛錬が必要である。又自然な健康こそが大切であり、健康のことなど考えないで暮らせるようにできていなければならないという指摘はいささか耳が痛い。いまこそ人間復興の時と主張している。
 
参考文献:「人間・この未知なるもの」アレキシス・カレル著、渡部昇一訳・解説、三笠書房
         定価1500円、1994年3月31日新装版第1刷発行、大田図書館114カ 


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