第5日目 5月26日(土) ハーメルン→ゲッティンゲン→ハン・ミュンデン→カッセル
[ハーメルン]
6:15起床、朝食、7:30荷物出しで予定より30分早く8:30出発。ほぼ南に向かって緑豊かな丘陵地帯の曲がりくねった道を通り、途中トイレ休憩をいれて2時間40分、11:10ようやく大学都市ゲッティンゲンに到着。
[ゲッティンゲン]
ニーダーザクセン州南部のゲッティンゲンは、丁度ドイツのほぼ中央に位置し、自らはドイツのヘソと称している。人口11万であるが、この100年間でノーベル賞受賞者が40人もこの小さな町に住んでいたという。旧市街はリング状の壁で囲まれており、その外側(西北方向)の駅と中央郵便局隣の駐車場で下車し、以後市内は徒歩で観光する。この町は童話「鵞鳥娘リーゼル」で知られる大学都市で、グリム兄弟もゲッティンゲン大学で法学と文学を教えていたという。
(聖ヤコビ教会)
西北部からリング内に入ると、まずシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)跡があり、ダビデの星形のモニュメントがあった。オーベレマッシュ通りを南下すると東西に走るゲーテ大通りにぶつかり、これを東に進むとプリンツェン通りと名前が変わり、南北のヴェンダー通りにぶつかる。この通りは歩行者専用で、ほんの少し北に入ると聖ヤコビ教会がある。この教会はゴシック建築様式の傑作として名高く、堂内には至宝といわれる1402年作の金色の見事な祭壇がある。
(ゲッティンゲン大学)
教会を出てテアター通りを少し東に行き、ブルグ通りを南下し、バルフュッサー通りを右折して西に向かうと、昔のゲッティンゲン大学がある。北側の擬古典主義建築の講堂は今も大学の式典会場として使われており、最上階には不良学生を閉じこめていた嘗ての学生牢がある。南側のウィルヘルム広場には英王ウィリアム4世の銅像が建っており、ニーダーザクセンはどこえ行ってもイギリスと王様が一緒だった跡がある。銅像の後ろには旧メンザという食堂の建物がある。ここから更に西に進むと旧市庁舎に達するが、その前に赤い屋根と木骨組の派手な建物のユンケルシュケルンという元学生酒場があった。
(旧市庁舎とガチョウ番娘の噴水)
旧市庁舎は赤い屋根の威厳ある建物で、1270年にまず原型が建てられ、その後14〜15世紀に正面ファサードや会議室、今は宴会場や観光案内所になっている上階の大ホールが増設されたという。大ホールにはかつて一時期加盟していたハンザ同盟の諸都市の紋章がずらりと並んでいる。
又マルクト広場はそれほど広くないのに市が立って賑わっていたが、ゲッティンゲンのシンボル的存在といわれるガチョウ番娘の噴水が片隅にある。周りを若い恋人たちが腰掛けているので、複雑な恰好をした噴水の彫像をよく確かめられない状況であった。そもそも遠い国の王子のもとへ輿入れする道中に、召使いに陥れられてガチョウの世話をする下女にされてしまう姫君リーゼルの物語から、その姫の像が噴水に立っているのであるが、花束を沢山抱えていて落ち着いて顔の表情まで読みとれない。大学で博士号をとった学生はこの像にキスするという習慣があり、おそらくこの姫が世界一沢山若者のキスを受けたであろうと言われている。
(昼食)
市庁舎の地下にあるラーツケラーで昼食をとる。野菜スープにポークミンチローフ、レモンクリームで日本人向きに軽いメニューである。それでもいつも全部平らげるのは私だけであることがだんだん分かってきた。又24人の同行者も次第にグループ分けされ、テーブルでは山口夫妻や松下夫妻と一緒になる機会が多くなった。
(聖ヨハネ教会、聖ニコライ教会、聖マリエン教会)
市庁舎の裏にある聖ヨハネ教会は2本の塔がそびえ立っているゴシック教会で、昔見張り番が住んでいた北側の塔は無料の学生寮となっている。但し現在修復中であった。尚現在の10マルク札には手前から旧市庁舎、聖ヨハネ教会、聖ヤコビ教会が図示されている。空き時間に南の聖ニコライ教会、帰途聖マリエン教会の脇を通り駐車場に戻った。
[ハン・ミュンデン]
14:45ゲッティンゲンを出発してメルヘン街道を約40分、15:25ハン・ミュンデンのフルダ川中州の駐車場に着く。以後再び徒歩で市内を歩く。一言で言えばこの町はフルダ川とヴェラ川の合流点にあり、木組みの家が並ぶ愛らしい町で、ドイツ一の藪医者と歌にまでなった「鉄ヒゲ博士」ゆかりの地である。
(川の合流点)
駐車場からまず屋根付きのミューレン橋を渡る。なかなかの景観である。その後フルダ川とヴェラ川の合流点に立つ。そもそもミュンデンとは合流点を意味し、ハンとはハノーファシュの略である。まるで軍艦の舳先にいるような感覚になる。合流後はヴェーザー川となる。ついでヴェラ川を渡り、ヴェラ橋という石の橋から川縁のウェルフェン城を眺める。城といっても巨大なビルのような感じである。
(鉄ヒゲ薬局)
ヴェラ橋を渡るとランゲ通りというメインストリートに入る。比較的狭い道路であるが、両側は木組みの家がずらりと並んでいて壮観である。ただ土曜の午後で店は閉まっていた。やがて鉄ヒゲ薬局の前に出る。正面に日時計がある。鉄ヒゲ博士は藪医者で薬屋ではないが、博士にあやかったのであろう。
(聖ブラジゥス教会)
更に進んで市庁舎から聖ブラジゥス教会へ行き、オルガン演奏を聴く。聖ブラジゥスという名は聞き慣れないが、当地の守護聖人であったという。
(鉄ヒゲ博士最後の家)
Dr.Eisenbarthは1727年この家で死亡したという。家の外に彼の像というか人形のようなものが飾ってある。実際どのような藪医者であったかつまびらかではないが、どうやら徹底的に観光に利用されているようで、地下の本人がそれを知ったら何と思うであろうか?
(市庁舎と人形劇)
しばらく休憩時間があり、アイスクリームをなめながら市庁舎の前で待つ。17:00丁度に市庁舎のカリヨンが美しいメロディーを奏で、次いで扉が開いて注射針を持った鉄ヒゲ博士といやがる患者の人形が現れ、押したり引いたり奇妙な人形劇が約5分間展開された。
見終わってから徒歩で駐車場に向かい、17:20バスでメルヘン街道をカッセルに向かう。
[カッセル]
約30分ドライブして17:50カッセルのクイーンズ・ホテルに到着する。18:50からホテルで夕食として魚料理をとる。恵子が下痢で早くもダウンしてしまった。本日は大分歩いて13,300歩となった。
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