第8日目 5月29日(火) バンベルグ→バイロイト→バンベルグ
[バンベルグ]
6:30起床、朝食、8:30バスで出発。古城街道といわれるが、フランケンのスイスと呼ばれる森の中の一般道を東方向に約1時間10分走り、9:40バイロイトの祝祭歌劇場に到着。
[バイロイト]
フランケン地方は挨拶としていろいろな時にグリュースゴット(Gruesz Gott)と言うが、これは南部ホッホ・ドイッチュ一般の表現で、スイスではこれがなまってグリュッツィという。簡単な用語なので覚えておくと便利である。
バイロイトはオペラファン憧れの街で、毎年7月下旬から8月末に開催されるバイロイト音楽祭は超一流の公演として知られ、なんとチケットは最低8年間応募し続けなければ手に入らないと言われるほど人気がある。そして小さな街にこの間世界各国から10万人ものワグネリアンが集まり、その間町全体がワグナー一色に染まるという。しかし元は18世紀イギリスの王妃になる予定だったプロイセン王女でフリードリッヒ大王の最愛の妹ウィルヘルミーネがこの地を治める辺境伯に嫁ぐことになり、賢く芸術的才能にあふれた彼女はバイロイトを芸術の都にすべくロココ様式の新宮殿や物凄く内部がきらびやかな辺境伯歌劇場などを建てた。そこでワグナーもここに住み着くようになったものである。
(リヒャルト・ワグナー祝祭歌劇場)
ワグナーが音響や視覚効果にこだわって、彼の大ファンであったルードヴィヒ2世の援助で建てた世界最高級のオペラ劇場で、ワグナー音楽祭専用である。観客席はどこからでも舞台がよく見えるようにできており、オーケストラは舞台の下に入って、その音は反射して舞台に行き、舞台の音声と共に客席に行くようになっている。舞台ではすでに音楽祭の準備をしていた。又歌劇場の南側はワグナー公園になっていて、緑の中で赤い煉瓦の歌劇場が美しいコントラストを示している。
(ワグナー博物館:ヴァンフリート莊)
新宮殿に付属する宮殿庭園の北側にワグナー夫妻の墓と奥さんのコジマの像があり、その先にワグナー博物館として利用されているワグナーの元住居、ヴァンフリート莊がある。館内には音楽関係の資料や文献が展示され、夏場にはコンサートも開かれるという。尚現在も音楽祭の監督はワグナー一族が担当しているが、最近の報道によれば一族の中で内輪もめしているようである。
(辺境伯歌劇場)
少し町中に入るとウイルヘルミーネ妃が建てた辺境伯歌劇場がある。残念ながら内部を見ることができなかったが、絵葉書によれば内部は豪華絢爛で、ドイツに現存する唯一のバロック式歌劇場である。ワグナーも下見したが、少し小さいということで、祝祭歌劇場を別に建設したという。尚近くに旧城というか旧宮殿もある。
(昼食)
13:15近くのホテル ゴルデナー・ヒルシュという所で昼食をとる。サラダ、マシュルームバスタ、フルーツタルトで気の利いた昼食であった。14:40出発し又元来た道を戻り、15:20バンベルグのホテル レジデンツ・シュロスに戻る。
[バンベルグ]
ニュールンベルグから北へ60kmの水の都で、マイン河の支流レグニッツ川の中州に開けた静かな町並みは、第2次大戦の戦禍を免れ、ドイツの小ベニスとも呼ばれるほどの風情がある。一方千年余りの歴史を誇る古都であり、古くからドイツの夢の町、フランケンのローマ、ロマンの町などと称えられ、町全体がユネスコの世界文化遺産に登録されている。ガイドのピウルスさんが来る。尚泊まっているホテルは元病院の建物であり、向かいの橙色の公文書館は元外科病棟であったという。
(小ベニス)
15:40ホテルを出て徒歩で市内観光に向かう。昨日と違ってレグニッツ川縁の道を東南方向に歩きながら、対岸の小ベニスや観光船、漁師の家、元屠殺場の桟橋、昔の港の設備である岸壁のクレーン二基、大学図書館に結婚登録所などの建物を眺める。尚今や漁師は1軒になってしまったという。
(大聖堂)
川縁の終点から右折して、今度は階段を登って丘の上の大聖堂に行き、中に入る。4本の尖塔をもつ大聖堂は1012年にハインリッヒ2世の献堂で着工し、完成したのはロマネスクからゴシックへの過渡期の1237年であった。東内陣はロマネスク様式で、北側廊の豪華な領主正面入り口には最後の審判が描かれている。中世彫刻芸術の傑作と称されている「バンベルグの騎士」像は中世キリスト世界の王侯・騎士の理想を表しているという。
中央身廊の東内陣への階段の所に、皇帝ハインリッヒ2世とクニグンデ王妃の大きな墓石が置かれている。リーメンシュナイダーが14年の歳月を費やして造り上げた皇帝と王妃の生涯のエピソードを描いた浮き彫りが刻まれている。又南翼廊にはシュトス作の「マリア祭壇」があり、西内陣には教皇クレメンス2世の墓がある。ドイツにある唯一の教皇の墓で、バンベルグ司教からサンピエトロの教皇に選ばれた。聖堂に隣接して宝物館がある。
(旧宮殿)
大聖堂に隣接して旧宮殿があり、大聖堂と直結した唯一の皇帝と司教の王宮で、11世紀の古い帝国の間がある。1569年に建てられたドイツルネッサンスの建物で現在は歴史博物館として使われている。旧宮殿の中庭に立ち、15世紀後期のゴシック様式の木骨組建築を鑑賞できる。又毎年7月にはここでカルデロン祝祭劇が催されるという。
(新宮殿)
広場を隔てて大聖堂の向かい側には壮麗な新宮殿が建っている。領主司教が1697〜1703年に建築の天才に命じて建てさせたという。宮殿の前には何の行事か観覧席を作っていた。宮殿の庭園であるバラ園ではまだ二分咲きであったが、上手には聖ミヒャエル教会が眺められ、下手の方にはバンベルグの下町が一望の下に眺められ、絶景のパノラマであった。再び下町に下り、レグニッツ川に出る。
(旧市庁舎)
レグニッツ川の中州に建ち、二本の橋で両岸と結ばれた風変わりな建物である。北側のフレスコ画で装飾された中心部と、南側川面に突きだした半木造木骨組みの部分とのバランスが面白い。ここは15世紀にゴシック様式で建てられ、1744〜56年に優雅なロココ式に改築したものである。下町側の壁の天使の足のトリック絵は面白い。南の上流側と北の下流側と二本の橋があり、下流側の橋からは小ベニスが眺められ、上流側の橋からは少し先の滝が眺められる。尚新コンサートホールが完成するまで、有名なバンベルグ交響楽団の本拠地として使われたそうである。
(マックス広場)
夕食までしばらく自由時間ができたので、再びグリューナーマルクト(緑の市)に入り、あちこちの店を覗きながら、再びバロック様式で若者たちの出会いの場であるネプチューン噴水を眺め、更にイェズス会の委託で建てられた大学教会であった聖マルチン教会(現在は教区教会)の前を通ってマックス広場へ行く。広場の名はバイエルン王マックス1世によるもので、前の噴水も王に献じられたものという。正面には新市庁舎のバロック建築があるが、元は1732〜37年に建てられた司祭学校であったらしい。広場には市が立ち、バンベルグの農家が野菜を売っている。新市庁舎をぐるりと一回りし、旧市庁舎の近くに戻り、尚時間が余ったので道端のテーブルでコーヒーを飲んだ。こちらのコーヒーは比較的美味しい。
19:00近くのホテル・ブリューダーミューレでポークシュニッツェルの夕食をとり、21:30再びレグニッツ川の川縁を散歩し、川下の夕焼けを楽しみながらホテル・レジデンツシュロスに帰る。本日は15,800歩。
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