第9日目 5月30日(水) バンベルグ→アイゼナッハ→エアフルト
[バンベルグ]
6:00起床、朝食、7:30荷物でいつもより早く8:00出発。往路とは別にアウトバーンで西、北、東と迂回する。緑豊かで所々に村落があるのに気付く。チューリンゲン州に入った所に旧国境跡があり、東側の検問所だった所が大きなサービスエリアになっている。又旧東独領域の自動車道路は未だにガタガタの所がある。高速を下りてから渋滞で時間がかかり、約3時間半走って11:25アイゼナッハのバッハハウス駐車場に到着する。
[アイゼ゜ナッハ]
チューリンゲン地方の静かな山あいの町で、ワグナーのオペラ「タンホイザー」のモデルとなったヴァルトブルグ城で有名である。又バッハ生誕の地であり、宗教改革者マルチン・ルターもここで新訳聖書を翻訳し、深い関わりがある。旧東独時代にはトラバンテの上級乗用車ヴァルトブルグの生産地でもあったという。
丘の上にヴァルトブルグ城を望みながら、バッハハウスに近いホテル・グ゜ロッケンホフで昼食をとる。チューリンゲンソーセージが出てきた。ガイドとしてエヴァさんが見える。
(バッハの家)
13:00バッハの家に入る。バッハは1685年3月21日この近くで生まれた。ここはバッハを記念した博物館で、広場にはバッハの銅像が立っている。又館内では居間や台所を当時のまま再現している他、自筆の楽譜などを所蔵している。1階の小ホールには当時の楽器が置かれており、オルガンなどの演奏の実演を聴かせてくれる。
@足踏み式オルガン
Aベルトふいご式オルガン
Bクラヴィコード(金属片が弦を叩いて音を出す)
Cシュピネッツ(鴨の羽根の軸片が弦を叩く)
その後バッハの作品をCDで聴かせてくれた。
@初期ケーテン時代宮廷音楽
A晩年ライプツィヒ時代の教会合唱曲
このほか古い楽器のコレクションなどもあった。
(ルターの家)
しばらく歩いてルターの家の前に行く。1498〜1501年までラテン語学校の生徒時代に下宿していた家で、記念館として当時を偲ばせる家具や文書が展示されているという。話を聞いただけで中には入らなかった。
(マルクト広場−市庁舎−聖ゲオルグ教会)
又しばらく歩くとマルクト広場に出る。広場には綺麗な花の市が開かれていた。中央には噴水があり、金の彫刻が何だかよく分からなかったが光彩を放っていた。市庁舎はバッハの父も勤めていたそうで、市宮殿にはゲーテも公務で滞在したという。聖ゲオルグ教会はルターが1521年5月2日に説教し、バッハが1685年3月26日に洗礼を受けたという記録がある。
(ヴァルトブルク城)
14:25バスを駐車場で下りてから階段を約15分間登る。歩くのに自信のない人には有料のミニバスが用意されていた。
いよいよ本日のハイライト、ヴァルトブルク城の観光で、日本語の案内テープと共に見学する。騎士の間、食堂、多色黄金モザイクのエリザベートの居間、上階の礼拝堂、エリザベートの廊下、歌手(歌合戦)の間、チューリンゲン伯の間、更に最上階では後世増築した祝宴の大広間、ルーカス・クラナッハなどの絵画が展示されている。又丘の上にあるので、窓から外を眺めると、一面の緑の森の中に点々と赤い屋根と僅かに白壁が垣間見える。最後に粗末なルターの部屋を見る。ここは1521〜22年、彼がここに匿われ、聖書のドイツ語への翻訳をしたと言われている所で、壁に悪魔に投げつけたインクのシミが残っている。まるで囚人の部屋のようであった。
再び急坂を降りて駐車場に行き、16:25バスに乗って東方のエアフルトに向かう。
[エアフルト]
約1時間ドライブして17:30人口25万、チューリンゲン州の州都エアフルトのリング東端にあるラディソン・サス・ホテルに到着、直ちにチェックインした。19:00夕食のためバスで迂回して中心部の大聖堂広場まで行き、ツーム・ゴルデナー・ラーデというレストランで七面鳥のステーキを食べ、帰途フィッシュマルクト広場からクレーマー橋を渡るという具合に町中を散歩しながらホテルに戻る。本日の歩行数は11,800歩だが、ヴァルトブルク城で階段を昇降したので少し足が疲れる。
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