異文化探訪記


Sunday, 16 December,2001    文明の十字路、シチリア・マルタ10日間旅日記その2
 
[シチリア・マルタの地理と訪問地]
 旅日記は地図を見ながら読んでいただくとよく分かるが、これを言葉で表現するのはなかなか難しい。しかし地理的概念がないと理解しづらい面もあるので、敢えて言葉で地理的条件の説明を試みる。尚それぞれの島内は大型バスで巡回した。
 
(シチリア島)
 シチリアはイタリア語で、英語ではシシリー島という。面積は九州の7割程度で、人口は約500万と言われている。南イタリアの長靴のつま先の西に隣接し、西側は地中海を隔てて北アフリカのチュニジアと対向している。よく見ると東側はイオニア海を隔ててギリシャと対している。古来ギリシャ、フェニキア(カルタゴ現在はチュニジア)と縁が深いのは地理的条件による。
 シチリア島は独自の複雑な歴史を持っているが、1860年ガリバルディと千人隊が遠征してイタリア王国の一部となり、1946年大幅な自治を認められた特別自治州となる。
 島の形状はほぼ三角形で東西に長く、東側は南に延びているが西側はやや丸まっていてやがて東東南方向に海岸線が延びて東海岸の南端に達している。東海岸の北部にエトナ山があり、その他は全土丘陵地帯であまり平地はない。
 
 首都のパレルモは北海岸の西の方にあり、一寸南にモンレアーレの大聖堂、更に西へセジェスタのギリシャ神殿があり、その先西端の山の上にエリチェの町がある。そこから島の西端の丸まった部分に塩田のトラーパニ、モツィア、東東南の海岸線の入り口に神の港マルサラというワインの名所がある。東東南の海岸線の中程やや西寄りにアグリジェントの町があり、ギリシャ神殿群が残っている。そこから更に東東南に進み、ジェラから北上して島の中心部にピアッツァ・アルメリーナの町があり、その郊外にローマ皇帝の別荘カザーレ荘があり、床面のモザイク画が有名である。更に北上してエンナの近くから東進し、東海岸に出て石油化学工業地帯を南下して、シチリア最初のギリシャ都市シラクーサに出る。ここのギリシャ遺跡を見てから北上し、カターニアを経由してタオルミーナの近くのレトロヤンニという所に泊まる。翌日はタオルミーナの町を比較的ゆっくりと観光し、夕方カターニアに出て夕食をとり、夜カターニア空港からマルタ島に飛んだ。
 
(マルタ島・ゴゾ島)
 マルタ島はシチリア島の南93kmにあり、カターニアから飛行時間約30分で、シチリアとは比較にならぬ小さな島々で、総面積は佐渡島の約半分、人口37万人で、マルタ本島、ゴゾ島、コミノ島他2つの無人島を含む5つの小さな島から成っている。シチリア島同様地中海の歴史を経験しているが、強いて特色を3つ挙げれば、次のようになる。
1.エジプトのピラミッドより古い巨石神殿文化があった。
2.AD60年に聖パウロが漂着してキリスト教が伝わった。
3.聖ヨハネ騎士団が神聖ローマ帝国皇帝よりマルタ島を貰い受けた。 
 尚1800年から英国領であったが、1964年独立して現在は小さいながら独立共和国である。
(マルタ島)
 マルタ島は卵型をしており、北側のやや東よりの所に聖ヨハネ騎士団が作った首都ヴァレッタがある。ここから真南に下がって、中心部のマルタ国際空港を経て、南海岸に出た所にハジャーイムという巨石神殿遺跡があり、その近くにブルーグロットー(青の洞窟)という風光明媚な所がある。又島の中心部やや西寄りにムディーナという聖ヨハネ騎士団がくるまでの中心地すなわち古都がある。ゴゾ島へはフェリーで20分くらいであるが、マルタ島の西端チェルケウア港から渡る。尚マルタの公用語はマルタ語と英語で、マルタ語にはアラブ語の影響があるそうである。
(ゴゾ島)
 ゴゾ島も卵形で、東のイムジール港につき、まず北岸のカリプソの洞窟を覗き、南に下ってジュガンティーアで世界最古の巨石神殿遺跡を訪れ、ついで西岸の名勝地アズレ・ウィンドー(青い窓)に行き、最後に中心部にある唯一の都市ヴィクトリアを観光する。その後イムジール港からマルタ本島に戻り、翌日マルタからローマ経由で東京に帰る。
                     

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