異文化探訪記


Thursday, 20 December,2001    文明の十字路シチリア・マルタ10日間旅日記その5
[第3日 11月25日(日)] エリチェ→トラーパニ→モツィア→マルサラ→アグリジェント
 
 本日も朝6:30起床、朝食後8:30ホテルを出発。曇天で空気は冷たい。石畳の坂を下り、少し右手の横道に入り、古いマトリーチェ教会を眺めてからトラーパニ門外でバスに乗り、美しい風景を見ながらサンジュリアーノ山を下り、一路海岸づたいに南から東へ、フェニキア人の町からギリシャ人の町アグリジェントへ向かう。
 
(トラーパニ、モツィアの塩田風景)
 山を下りると一面の塩田(トラーパニ)で、その脇に塩を積み重ね、まるで屋根のように瓦で覆い、塩を乾燥させている。その先のモツィアでは、所々塩田の脇に風車が立ち並び、あまりに景色がよいのでバスも写真ストップする。風車は塩の結晶を石臼で挽く為のものであるという。
 
(マルサラのワインとフェニキア文化)
 マルサラとはアラビア語で「アッラーの港」の意味。フェニキア人が築き、ローマとの第1次ボエニ戦争の激戦地であった。又1860年ガリバルディが千人隊(赤シャツ隊)を率いてこの地に上陸、南イタリアを統一した。更にここはデザートワインのマルサラワインの産地で、エノティカ(酒屋)で試飲したが、味はそれ程特徴的ではなかった。ついでに近くの考古学博物館に入り、フェニキア人の木造船や壺などを見た。裏庭の棕櫚の木が見事であった。
ここから2時間半一路海岸沿いにアグリジェントへ向かうが途中起伏が多かった。
 
(レストランKOKALOS) 13:45〜15:00
アグリジェントはBC508年ギリシャのロードス島、クレタ島から来た移民が開いた町で、人口は5.6万人。山の上に住宅地があり、神殿の谷と称する低い台地にギリシャ神殿群がある。近くのレストランで昼食をとる。
 前菜、アーモンドのパスタ、ポークのグリル、フルーツ。
 
(アグリジェントのギリシャ神殿群)
 一番東のヘラ神殿から、連絡通路を通って世界遺産のコンコルディア神殿、ヘラクレス神殿、巨大な廃墟ゼウス神殿と廻り、夕刻ライトアップされたのを見届けてホテルに行く。
 
*ヘラ神殿
 神殿の谷の東端、標高120mの台地の上に立つ。BC460年頃のドーリア式神殿跡で、25本の柱と一部柱の上の横材が見られる。砂岩製で神殿は東向き、向かいに生け贄の祭壇がある。ヘラはゼウスの正妻なので、ここで結婚式が行われた。
 
*コンコルディア神殿
 ギリシャ神殿建築の最高傑作で、BC460〜440年頃建てられたドーリア式神殿。コンコルディアとは和解、平和、調和を象徴するローマの女神のこと。ディオスタロイ神に奉献されたものと推測されているが、前面6柱、側面13柱のほぼ完全な姿が見られる。6世紀末の初期キリスト教時代に、聖ペテロ・パウロ教会として転用された為、教会のアーチも残っているが、高い保存状態が保たれている。
 この先4世紀のカタコンベ(地下の墓)、1921年神殿を発掘した考古学者アレキサンドリア・ハードキャッスルの家、ギリシャ時代の轍の跡(ビザンチン時代の水路)と続く。
 
*ヘラクレス神殿
 アグリジェントのドーリア式神殿の中で最も古いBC520年の建造で、直径2.2mの柱が8本、ヘラクレスの名にふさわしく、逞しく天に向かって延びている。
 
*ゼウス神殿
 BC480年に造られたが、BC406年カルタゴに破壊され、後に地震で瓦礫の山となったが、基礎が112.6m×56.3mでギリシャ建築最大級の遺跡。柱高17mと言い、屋根を支えていたテラモニという38体の巨人像の高さは7.75mもあり、その1体が横たわっていた。
 
(ホテル GRAND DEI TEMPLI)
 神殿群に比較的近いホテル、グランド・ディ・テンプリで夕食をとり、宿泊する。
夕食は、前菜、パスタ、白身魚、サラダ、デザートで、食後簡単な自己紹介が行われた。この時期までには16名全員の氏名が頭に入っていた。
 本日の歩行数も11,000歩であった。

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