異文化探訪記


Monday, 10 June,2002    ロシア・ウクライナ・バルト三国15日間の旅 その2
第二報 モスクワ
 
 5月14日成田を出て10時間、満席のアエロフロートがモスクワ・シェレメチボ空港に着いたのは、時差5時間で現地時間17:45であった。概要に報告したように入国審査と税関外貨申告に手間取り、ホテルに着いたのは午後8時過ぎであった。翌15日クレムリン、赤の広場、雀が丘と終日観光し、16日には朝から黄金の環へ向けて出発したので、結局モスクワ滞在は正味1日であった。そこでフォトギャラリーとも連動し、街の表情、クレムリン内部、赤の広場周辺、雀が丘周辺に分けて報告する。
 
(街の表情)
 
 今回宿泊したホテル・コスモスはクレムリンから平和通を北方に約2.5kmの郊外にあり、空港や黄金の環には近くで便利だが、街の中心まで歩いてゆくには遠すぎる所にある。約3,500人泊まれる大ホテルで、近くには世界一と称する高さ533mのオスタンキノ・テレビ塔があり、シェレメーチェフ伯が1870年代に建てたオスタンキノ宮殿も見える。少し北には植物園や自然公園もあり、新緑の季節と相まって緑が大変豊であった。
 バスでクレムリンまで行くのに大渋滞で55分もかかった。途中リガ駅(ラトヴィアのリガ向けの列車の発車駅)の脇を通ったが、印象的な建物であった。ロシア文字は相変わらず読みにくいが、よく見ると日本料理店の「サッポロ」と書いてあったり、赤の広場の脇にあるロシアホテル(前回宿泊の6,000人収容のホテル)程度だとまだ何とか読める。しかし読み終わらぬ内にバスが通り過ぎることが屡々であったが、ローマ字は未だ殆どみかけない。又ワールド・サッカーの前月であったので、暴動被害に遭うこともなかった。
 クレムリンの直ぐ近くには、ロシアホテルの他、国立図書館、救世主教会(丁度5年前に改修中)、ボリショイ劇場などがあり、劇場の近くで昼食をとる。
 
(クレムリンの内部)
 
 前回は西のトロイツカヤ塔から入り、陳列されている大砲や鐘の他、建物や寺院の外観を眺めただけであった。今回は西南角のボロヴィツカヤ塔から直接武器庫(宝物殿)に入り、ロシア王朝時代のイコン、聖書、武器甲冑、装飾品、彫刻、王やエカテリーナ二世戴冠式のドレス、ミハエル・ロマノフやボリス・ゴドノフ等の玉座、金ぴかの馬車等を鑑賞する。かつてのソビエトの面影は全くない豪華絢爛たる遺品である。
 その後大クレムリン宮殿の脇を通って中庭のサボルナヤ(寺院)広場に行き、入り口にまでフレスコ画のあるアルハンゲリスキー寺院の前からイワン大帝の鐘楼や向かいにあるブラゴヴェシチェンスキー寺院を眺め、寺院群の外側の鐘や大砲の展示品、元老院とクレムリン劇場のあるかつてのソ連の心臓部の建物を見る。クレムリン内部の森ではライラックが花盛りであった。又十二使徒寺院の手前には最も重要な教会であり、聖母昇天を意味するウスペンスキー寺院があり、内部にはフレスコ画が天井や柱まで埋め尽くし、イコンも並び、銀メッキの浮き彫りのイコノスタ(聖壇と礼拝堂の仕切壁)やイワン雷帝の玉座、銀のシャンデリヤなど短時間では見切れない程であった。尚寺院によって主に金色のネギ坊主の頭の数が違うが、その数の由来についてガイドのミハイルさんから講釈をうけた。
 
(赤の広場)
 
 数多くの歴史の舞台であるが、長さ340m(695mという解説書もある)、幅130mと思ったよりも小さい。広場の北の歴史博物館、西のレーニン廟、その南の城壁の中で最も美しく、又大時計もあるスパスカヤ(救世主)塔などは外から眺め、今回は東のグム百貨店とその南のロシアの英雄ミーニンとボジャルスキーの像を見て、赤い(美しいという意味)広場の象徴である聖ワシリー寺院に入った。グム百貨店はロシア最大の百貨店というが、最近は外資の店も多く、内部は比較的閑散としている。又聖ワシーリー寺院の内部は、やはりイコンその他多数描かれており、現在博物館であると共に礼拝も行われている。尚正式には聖母守護祭にちなむバクロスキー寺院という名であるが、民衆に尊敬された聖ワシ−リーの墓があるので、聖ワシーリー寺院と呼ばれている。
 
(雀が丘周辺)
 モスクワ川の下流にあるノヴォデヴィーチ修道院は新しい、女性の修道院という意味だそうであるが、その脇にある、チャイコフスキーが白鳥の湖の作曲の想を練ったといわれる大きな池は相変わらず静かで落ち着いた雰囲気である。
 雀が丘は旧名レーニン丘で、ロシア名はヴァラビョーヴィ丘である。古くから市民散策の場として親しまれ、モスクワ川が大きく蛇行する先端にあり、80m〜100mの高台にある。マトリョーシカというロシア人形の露店が並んであり、よく見るとプーチンの人形まである。高価なものは内部に9個の小型はめこみ人形が入っており、安価なものは4個しか入っていない。
 背後には学生数3万人のモスクワ大学があり、右手にはスキーのジャンプ台、左手にはやはりロシア正教のトロイツァ教会があり、正面足下にはオリンピックスタジアムがあり、遠景にはモスクワ市内が望める。
 
 尚朝食はホテルでビュッフェ・スタイルであったが、昼と夜は外食であった。ロシア風とはいえ比較的軽い食事で、サラダ、スープ、メインディッシュ、デザート、コーヒーと揃っており、飲み物もビール、ワイン、ウォッカ等値段は安くはなかった。尚1ルーブルはドル換算では4.3円くらいで、円から替えると割が悪かった。又白夜の影響で夜は明るいが、気温は暑くも寒くもなく最適の時期であった。
 

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