異文化探訪記


Tuesday, 3 September,2002    イラン(ペルシャ)大周遊12日間(その1)
[1] 旅行概要
 
期間    自98年2月5日(木) 至同年2月16日
ツアー名  イラン大周遊12日間 ユーラシア旅行社
同行者   15名(男7名、女8名、内夫婦1組、旅行ずれした変人多し)
往復航空機 イラン航空
 
 成田から北京経由でイランの首都テヘランへ行き、そこからバスでイランの中央部を北のテヘランから東南にレイ、コム、カシャーン、ヤズド、ケルマンと訪れ、更に南の死都バムとマハーンを往復した。ついで西にシラーズまで砂漠の山道を走り、ペルシャの遺跡である、ペルセポリス、ナクシュ・ロスタム、ナクシュ・ラジャブ、パサルガダエを観光する。シラーズからは飛行機で北のイスファハンへ飛び、そこを観光してから又東北のテヘランへ飛び、市内観光してから直行便で成田へ戻ってきた。12日間全食つきで旅費、宿泊費、観光費は一人約25万円であった。
 
 以下イランとして特徴的な面に絞って報告する。
 
[2] イランの国土 
 
 イランは大半が山岳と高原砂漠の国である。北はエルブルズ山脈(最高ダマバンド山5671m)、南西部には巨大なザグロス山脈(最高ザイド山4548m)があり、中央から東のイラン高原は標高1200から1800mあり、広大なカビール砂漠と南部のルート砂漠に覆われている。所々の山の麓にオアシス都市があり、面積は日本の約4.5倍もある。
 周囲を西から時計方向に見渡すと、イラク、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャン、カスピ海、トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタン、オマーン湾、ホルムズ海峡、ペルシャ湾に囲まれており、古来異民族に征服されたり征服したり、変化の激しい所であった。
 真冬とはいえ、冷暖房なしのバスの中では、砂漠の中で日照を受ける車内は温度が30度を超えるし、一方北部のテヘランでは降雪に見舞われ、寒暖の差も又激しかった。
 しかし道路は比較的よく整備されており、車両のレベルが低いのにも拘わらず、約2800mの山越えを含めて約2500kmの高原砂漠を縦走したが、それ程の疲れは感じられなかった。
 
[3] イランの国名
 
 イランとはインド・ヨーロッパ語族のアーリア人の国という意味だそうであるが、正式にはイラン・イスラム共和国という。1935年パーレビ王朝時代、それまでの「ペルシャ」から国名を変更したが、古くからある絨毯、更紗、猫などは未だにペルシャの名を冠して親しまれている。
 所でペルシャとは元々シラーズ近辺の地方の名で、この辺の部族が、紀元前6世紀、メディア王国やリディア王国を倒してペルシャ帝国を作り、西アジアに覇を称えたことから長年親しまれた名前で、言語も未だにペルシャ語と称している。
 又単にイラン共和国と言わずにイラン・イスラム共和国と称しているのは、国民から選ばれた大統領の上に、イスラム教の最高指導者とその諮問機関である最高評議会議長の二人が君臨しているからである。国中何処へ行っても未だにホメイニやハメネイの写真が至る所に貼ってある。現在の序列は、ハメネイ師、ラフサンジャニ議長、ハタミ大統領の順である。  (つづく)
   

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