異文化探訪記


Friday, 15 June,2001    ドイツ北東部、エリカ・メルヘン・古城・ゲーテ街道の旅
ドイツ全土にはいろいろな名前の街道があって、一番有名なロマンティック街道をはじめ、南部のアルペン街道、ファンタスティック街道は全てではないが大半既に先年廻ったことがある。残りのエリカ街道、メルヘン街道、古城街道、ゲーテ街道といったドイツ北東部の街道を歴史の旅として今回巡回したので、その概要を報告する。
 
 まずエリカ街道であるが、ドイツ最大の港町ハンブルグを起点に延びるエリカ街道は、北ドイツのロマンチック街道とも呼ばれ、ハンブルグを起点にリューベック、リューネブルク、ツェレ、ハノーバ−と続く。エリカという名はヒースから来ており、赤い花々に彩られるこの道は本来は夏が季節である。大都市ハンブルグ(人口110万)は正式名を「自由ハンザ都市ハンブルグ」といい、ハンザ同盟以来の自由と独立を誇り、現在でも1都市で1州を成している。市庁舎、聖ミヒャエリス教会、市立美術館、レーパーバーン、アルスター湖と印象深い。リューベックもバルト海を望む港湾都市で、かつてはハンザ同盟の盟主として君臨したが、ドイツ初の世界文化遺産登録都市となった。ツェレは北ドイツの真珠と云われ、石畳の小道沿いに色とりどりにペインティングされた木組みの家々が並び、独特な美しい町並みを作り上げている。リューネブルグ、ハノーバーは今回は訪れなかった。
 
 メルヘン街道は数々の童話で名高いグリム兄弟誕生の地ハーナウ(フランクフルトの近く)から北上すること650km、「ブレーメンの音楽隊」が目指した港町ブレーメンまで続く。今回は逆コースで、ブレーメンから南下してハーメルン、ゲッティンゲン、ハン・ミュンデン、カッセルと廻った。ブレーメンは赤煉瓦の町並みが美しいハンザ都市で、市庁舎の横に4種の動物の音楽隊の像がひっそりと建っている。ハーメルンはねずみ取りの「ハーメルンの笛吹男」の舞台で木骨組みの家並みが多い中世の町である。ゲッティンゲンは「鵞鳥姫リーゼル」の噴水が市庁舎の前にあり、グリム兄弟が教鞭をとった大学町である。ハン・ミュンデンはフルダとヴェラ川の合流点で木組みの家が560戸近くあり、「藪医者鉄ヒゲ博士」がいた町である。カッセルはグリム兄弟が王室図書館員で最も長く暮らした町で、グリム兄弟博物館がある。又ウィルヘルム丘王宮公園は長大な人口滝と共に素晴らしい景観で欧州随一の丘陵庭園である。
 
 古城街道はマンハイムから東にチェコのプラハに至る街道で、ハイデルベルグ、ニュールンベルグまでは今迄に行ったことはあるが、今回はその東バンベルグとバイロイトを訪れた。バンベルグは1000年余の歴史を誇る古都で町全体が世界文化遺産に指定されている。バイロイトはワグナー音楽祭で有名なオペラの町である。
 
 ゲーテ街道はゲーテの生まれたフランクフルトから東に、没したワイマール、大学に通ったライプチッヒを結んだルートである。東西ドイツを結ぶ初めてのルートでもある。フルダは人口5万であるが、8世紀に初めてキリスト教が入ってきた町で民族共同体意識を育んだ所である。アイゼナッハのシンボルは丘の上のヴァルトブルク城でワグナーの歌劇の舞台にもなり、ルターが新訳聖書をドイツ語に訳した部屋もある。町にはバッハ博物館もある。エアフルトはチューリンゲン州の州都で中世の美しい町並みが残っている。大聖堂、クレーマー橋など見所も多い。ワイマールはゲーテが26才から死ぬまで50年間過ごした町で、99年には欧州文化都市に指定されている。ゲーテハウスの他シラーやリストの家もある。ライプチッヒはザクセン州第二の大都市で、古くから交易で栄え、見本市は800年続き富裕な町である。ゲーテはここで学生時代を過ごし、バッハで有名な音楽都市でもある。又旧東独の民主化革命に火をつけてのもここの市民の月曜デモであった。
 
 以上の街道沿いから外れたのが、磁器のマイセン、ザクセン地方の首都ドレスデン、東西ドイツ統一で再び首都となったベルリンとその郊外の古都ポツダムであった。
 
 

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