異文化探訪記


Saturday, 19 October,2002    大連からハルピンへ8日間(その5)
 
[長春]
 
 長春は中心部の人口260万、周辺を含めて680万という吉林省の省都である。都市としての歴史は比較的新しく、1800年清朝が行政機構長春庁を建ててからであるが、満州国時代に首都新京として発展した。満州国時代の遺構が未だに各機関として使用されているが、中国は満州国を認めず、偽満州国とか偽満と称しているが、それこそ歴史の欺瞞であり、甚だ気分を害する表現である。
 
(瀋陽から長春へ)
 第4日目は朝7:20凱莱大酒店を出発し、8:15瀋陽北駅発の特快軟座車で一路長春に向かう。途中車内販売には革のベストや石のアクセサリーなどが売られていた。又台湾の観光客(非公務員)もいた。11:40長春に到着したが、ものすごい人混みで駅前は車の洪水であった。駅前の旧ヤマトホテルである春誼賓館で昼食をとり、午後半日市内観光を行う。
 
(皇宮陳列館及び吉林省博物館)
 ラストエンペラー溥儀が満州国皇帝となった時の皇宮の西院が陳列館となり、東院が吉林省博物館となっている。陳列館が混んでいたので博物館から入ったが、注目されたのが高句麗、渤海国、遼、金など北方王朝の文物であった。陳列館は偽皇宮陳列館と呼称されていたが、溥儀が住んでいた緝煕楼や公的活動の行われた勤民殿などを見学したが、蝋人形が置かれていてなかなかリアルな感じを出していた。又緝煕楼の外には、瀋陽の九・一八歴史博物館同様「勿忘九・一八」といういやらしい江澤民の石碑が置いてあった。
 
(旧関東軍司令部)
 姫路城をモデルに造ったという城の形の旧関東軍司令部の前をバスで徐行したが、入り口の門には吉林省共産党委員会の看板が掛かっていた。
 
(南湖公園)
 長春は駅から真っ直ぐ南に人民大街が延びているが、市の南部のやや西側に南湖を抱えた南湖公園がある。南湖の中央を東西に走る南湖大橋の東口に停車してしばらく湖面を渡るそよ風を浴びた。
 
(長春電影宮)
 南湖公園の西にあり、満州国時代の満州映画株式会社が前身で戦後長春電影制片廠が発足し、多くの人材を輩出したので、中国映画事業の揺りかごとも呼ばれている。中には故宮の養心殿や清末の北京の前門の街並みを再現したセットなどがあり、試写場もあった。
 
(旧満州国国務院)
 人民大街に平行して、文化広場と南湖公園の間に走る新民大街に沿って、旧満州国の国務院を始め、八大部と称する軍事部、司法部、経済部、交通部、興農部、文教部、民生部、外交部の旧蹟があり、何れも現在有効に利用されている。国務院は総理府の様なもので、最高行政機関であり、日本の国会議事堂を真似て造られ、地下道で長春駅や関東軍司令部と繋がっていたという。第二代首相の張景恵のオフィスが公開されていた。又外部に面して皇帝溥儀の閲兵台も見られたし、70年前のエレベーターも未だに活躍していた。尚国務院の直ぐ北側は文化広場で盛んに凧揚げをしていた。
 
(名門飯店)
 16:20に人民大街南部の5っ星ホテルである名門飯店に到着した。当初は中日友好会館を予定していたが、都合で変更されたものであるが、5っ星と言う程のことはないように感じられた。近くの長白山賓館で夕食を取ったが、正直な所あまり美味くはなかった。19:10ホテルに帰着した。翌第5日は朝からバスで吉林へ向かう予定である。

| Prev | Index | Next |

| ホーム | プロフィール | コラム | 歴史道楽 | 異文化探訪記 | What's New | リンク集 | フォトギャラリー |
| 掲示板 | | | フォト・シチリア・マルタ | フォト・ミャンマー | フォト・英国 | フォト・アメリカ西海岸周遊 |


kazuotani@nifty.ne.jpメールはこちらまで。