異文化探訪記


Sunday, 26 January,2003    麗しの雲南ハイライト9日間(その5)
第3日 2002年12月27日(金) 景洪 シーサンパンナ地方の観光
 
  9時にバスに乗り、本日はシーサンパンナ・タイ族自治州の景洪より西の方角を観光する。景洪のガイドは馬小媛さんというタイ族の女性で、日本語の通訳は何とスルーガイドの池さんより添乗員の荒井さんの方が巧かった。尚当地も道路が悪く、バスも小さく、振動が大きかった。
 
[シーサンパンナ]
 シーサンパンナの名の由来は、1570年にこの地域を12(タイ語でスィップソーン)の地区に分割し、1000の徴税基礎単位(パンナ)として西双版納という漢字を当てたので明代以降シーサンパンナと呼ばれるようになった。雲南省の南西部に位置し、ラオス・ミャンマーと国境を接している。人口は約80万人であるが、タイ族が3分の1、漢族が3分の1,ハニ族他の少数民族が3分の1という構成になっている。
 
 景洪の西50kmにモウ海という町があるが、このあたりはプーアル茶の産地として有名で清の時代には皇帝にも献上されていた。更に西に16kmの所にある景真山という小山の上に景真八角亭がある。11:40到着。
 
[景真八角亭]
 元々は僧侶が読経したり、群衆に仏教の教えを説いた場所で、建物が八角形をしていたため、このように呼ばれるようになった。(南方上座部仏教)
 亭は高さ20m、31面32角の複雑な形をしており、内外の壁面には、象、孔雀、牛、虎など動物の彫り物や絵があり、亭の中には釈迦牟尼の銅像も安置されている。1701年に建てられ、シーサンパンナにある仏教建築の中でも最高レベルのものとして国の重要文化財にも指定されている。 現在は亭の西側に寺院も再建され、黄金の仏塔の他、付近で暮らすタイ族の男の子が僧坊の内外で修行している姿も見える。
 
 13:20モウ海に戻り、モウ海県城にて昼食をとる。敷地内には景真八角亭の小型のモデルがあった。県城には寄宿設備もあった。
 
[ハニ族の集落]
 景洪への帰途、14:30ハニ族の集落を見学する。高床式で結構広く、今や居間にテレビがあった。間仕切りの壁には俳優のポスターが一面に張ってあった。鶏や豚を飼って皆素朴に暮らしているようであった。
 
 16:30景洪の財金大酒店に戻ったが、夕食まで時間があるので、一人で近くの民族風情園を訪ねる。
 
[民族風情園]
 ホテルの西にあり、タイ族、ハニ族、ラフ族、ブーラン族、ジノー族などの各展示館、民族舞踊の舞台、象館、鳥館、孔雀館など少数民族と動植物に関する展示館が森の中に点在している。中には入らなかったが、闘鶏館などというものもあった。
 
[タイ家美食城]
 18:00ホテルを出て、夕食としてタイ族の民族料理を味わった。酸っぱくて辛いという触れ込みであったが、それほど刺激的ではなかった。タイ族の民族の歌や踊りが舞台で繰り広げられた。
 
 食後財金大酒店に戻り、就寝したが、ベッドはやや硬く、洗濯物が乾燥せず、便器の排水も良くなかった。
 
                     (つづく)
 
  

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