異文化探訪記


Wednesday, 29 January,2003    麗しの雲南ハイライト9日間(その8)
第6日 2002年12月30日(月) 麗江 西方郊外 観光
 
[長江第一湾]
 9:00に麗江のホテルを出て、西に約70km、途中で北に玉龍雪山を眺めながら、10:00 長江第一湾に到着する。ここは長江の支流金沙江が、西北から流れてきて、崖に進路を阻まれて東北に向きを変え、V字に湾曲している所である。流れが緩やかで川幅も広くなっているため、古来より雲南と四川(蜀)を行き来するための重要な渡河地となっており、諸葛孔明やフビライもここから南下し、中国紅軍はここから四川に北上したという。
 
[石鼓鎮]
 長江第一湾の近くにあるナシ族が住む比較的大きな街で、10:30到着する。古来よりチベットの貿易拠点として栄えた所で、チベットからは毛皮や薬材が持ち込まれ、塩、茶葉、布と交換された。
 鎮内に漢柏玉という石で出来た鼓の形をした石碑があるため石鼓という地名になった。この石碑は、麗江の土知府が西から攻めてきたチベット軍を撃退したことを記念して1561年に建てられたものである。
 又鎮内にナシ族の溜まり場があったが、ナシ族は家事も農作業もすべて女が行い、男は将棋、書画、音楽、酒、タバコで暮らすと言われ、未だに伝統を厳守しているらしい。尚イ族、ペー族と共にナシ族も昔の姜族の出だそうである。
 
 金沙江を東北方向に下り、12:30虎跳峡鎮内のレストランで昼食をとる。途中道端に石碑が建ち、赤字で「森林防火・利国利民」と書いたものが目立つ。又レストランの近くには毛沢東の書が大きな石に書かれていた。
 
[虎跳峡]
 13:30虎跳峡の東側の山裾を東北に向かって一路歩く。世界で最も落差が大きいといわれる峡谷で、玉龍雪山と哈巴雪山の間を金沙江が流れ、水の浸食によって出来たものという。途中の洞窟は真っ暗で進退に窮した。一番狭い所は谷底の巾が僅か30mで、虎が川中の虎跳石を踏み台にして飛び越えたという言い伝えからこの名がついたという。そこから又歩いて出発点まで引き返した。
 
 バスの旅では、質問を集めて回答が行われ、幾つかの新事実を知った。例えば1966年から1976年の文化大革命では、上海や深センからインテリが大量にこの地方へ流され、その子供たちが今や一人前になって又上海や深センに出掛けているとのことであった。
 
 18:30森龍大酒店でナシ族の民族料理を夕食としてとり、19:30麗江古城で東巴音楽ショーを観る。派手な衣装で賑やかな音楽ショーであるが、特徴を捉えるのはなかなか難しい。
 
                     (つづく) 
 

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